電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
【竹輪の穴の哀しみ】
【竹輪の穴の哀しみ】


なぜかは言葉にしないけれど林芙美子を読むときの哀しさが哀しい。「哀しさが哀しい」という循環論法から脱出しようとしない人間は哀しいのが好きなのだろう。
最後の日なのに、 八汐は麦畑を降りて悄気(しょげ)て汚い家へ帰った。母親は弁当の中へ竹輪を入れて、固く新聞紙で包んでいるところだ。
「すぐ、迎えに行ってやるばい、体ば大事せんといかんぞ、アアン」
夕方の汽車で八汐は鹿児島へ旅立って行くのだ。
生活苦に耐えかねて幼い娘を鹿児島の親元に預ける母が、娘に車中で食べさせる弁当をつくっている。
八汐は腹がへると、竹輪を摘まんでは出して食べる。握り飯の中には桃色のおぼろが這入っていた。だが、ふと、あの侘しい部屋の母親の姿を思い浮かべると、又、新しく悲しみの涙がつのり……(中略)……握り飯を食べていても、竹輪をたべていても、少しもおいしく咽喉を通らなかった。(林芙美子『耳輪のついた馬』)

2025年1月8日 本駒込5丁目
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20 音オルガニートでお江戸日本橋 Oedo Nihonbashi
東京日本橋民謡
20 音オルガニートで金比羅船々 Konpira Fune Fune
香川県民謡
を公開。
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