【母と歩けば犬に当たる……70】

東海道みとり旅の記録
【母と歩けば犬に当たる……70】
 

70|清水富岳百景

 定年退職後は自宅にいて働く妻の後方支援にまわり、主夫に専念している元編集者の友人がいるが、母の世話をしてみると主夫業というのはつくづくやりごたえのある仕事である。
 昨夜は次郎長通りの友人からいただいた鯛を塩焼きにしたら大好評で、その中骨に身の残ったものをとっておいてだしをとり、今朝は鯛雑炊にしたら美味しいとまたまた好評で、母は茶碗一杯を完食した。
 母は入浴とトイレはいまのところ自分でできるので助かるけれど、座敷イヌである愛犬イビは風呂もトイレも人間様の都合により支援が必要である。要介護者と要支援犬をあわせたものを老人の総体と見なし、介護認定の評価をあげてくれればいいのになと思う。
 食事を終え、台所の洗い物を済ませ、湯たんぽの湯を交換し、枕元の水筒にほうじ茶を満たし、洗濯物をしつつシャワーを浴び、二階ベランダに洗濯物を干し、家中のゴミをまとめてゴミ出しに出る。
 今日は清水の家庭ゴミ収集日である。
 町内のあちこちにかなり細かく収集場所が設定されており、それが数軒ずつ束ねた隣組という単位に属している。隣保組織である隣組の組長が何年ぶりかで回ってくるのだけれど、その組長役の最中に母はガンで倒れて清水を離れることになり、謝って組長を辞するまでが大変だった。
「ガンでもがんばって隣組の役目を果たしている人だっているよ」
と抗議され、母は
「自分は末期なんです、もって半年かもしれないと言われたんです」
と説明するのだけれど、
「あら元気そうに自転車に乗っていたじゃない」
などと言われたりしてひどく辛い思いをしたらしい。
 再び清水に戻るに当たって町内会長さん宅を訪ねて話を聞いたが、
「まぁ、隣組っていうのは強制的に入らなくちゃならないわけではないけど、ゴミのこととかあるもんでね……」
などという話になる。古代律令制の時代から連帯責任・相互監視・相互扶助という制度下で治められてきた国である。その基礎の基礎であるゴミ分別収集のルール遵守は厳しく、収集後の片づけなども隣組で行い、隣組の仕事というのは聞いてみると他にもいろいろあって大変だ。
 隣組の方々の顔もよく知らないので、回覧板が届くと
「こんにちは〜」
と大声で挨拶し、ずかずかと家の中まで入って行って自己紹介してみるが、高齢だったり病気治療中らしい人もいて、一歩敷居をまたいで入ってみれば、どの家庭も大変なんだなと思う。
 助け合うというより、足を引っ張り合い、牽制し、叱咤しながらひとかたまりとなり、歯を食いしばって生きることによって、いちおう富士山のような姿を保っているのが隣組であり、その裾野あたりでひいひい言って生きる暮らしが、小さな地域社会の本質なのかもしれないと思ったりする。
 ゴミを出しを終えて空を見上げると抜けるような青空なので、入江岡跨線橋(★1)まで上ってみる。
 清水駅の向こうに遠くの山並みが見えて美しく、これが心まで洗われるような「わたしの清水富岳百景」のひとつになっている。静岡駅入江岡ホームに新静岡行きの列車が入り、ファインダーごしに「行ってらっしゃい」と見知らぬ乗客に声をかけて主夫業に戻る。

(2004年10月6日水曜日の日記に加筆訂正)

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★1 入江岡跨線橋
久能山東照宮に向かう久能道が東海道線と静鉄清水線の線路をまたぐ跨線橋で、清水線の入江岡駅入り口が橋上にある。

【写真】 跨線橋から見る静岡鉄道入江岡駅ホームと富士山。

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