旅の人

 |2013年1月18日|

 昼食を兼ねて買い物に出て、ラーメン屋にでも入ろうかと思ったけれど、暖簾をくぐろうとしたとたん、なんだか外食がおっくうになったのでやめた。おばちゃんがヘンな顔してこちらを見ていた。

   ***

 富山には「旅の人」という言葉があって、地域で生まれ育った「生え抜き」と逆の意味で用いる。昔から富山に住んでいたわけではなく、比較的最近富山に移住してきた人のことを「旅の人」という。悪く言えば「よそ者」的な響きのある排他的な物言いにも聞こえるけれど、そんなに陰険な意味もふくまず、場合によっては「まれびと」を別格で重んじるような意味合いに用いることもあるという。富山出身の家内は「旅の人」を「足袋の人」と同じ抑揚で話し、「ああ、あの人はもともと富山じゃなくて旅の人だから」などと言う。

|路地裏にはまだ雪が残っている|

 母親が他界して無人となった静岡県清水の実家片付けに足かけ四年ほど通ったけれど、昼食時をちょっとでも外すと外食場所に困ることが多く、懇意にしていただいた近所のお寿司屋さんに聞いたら、
「ああ、この辺の人は元々外食をあまりしないからね。仕事を求めて清水に来ていた人たちがいなくなっちゃったら、はあもう清水の食べ物屋さんはみーんな客がいなくなって困ってるよ。お昼だって店を開けたところで時刻が来ればさっさと閉めちゃう、客ん来ないだんて」
と笑っていた。我が家は東京から清水に出戻った「旅の人」だったので外食をよくしたが、確かに郷里清水で生まれ育った友人たち、とりわけ本家筋に生まれ育った者たちは外食経験がとても少ないのに驚いたことを思い出した。総務省が全国50箇所あまりの主要都市を対象に行った最新の調査でも、静岡市は外食に充てる額が43位と低い。

 家内が毎日埼玉の特養ホームまで昼食食事介助に通うようになり、昼ご飯を一人で食べる機会が増えたが、だんだん外食が嫌になり、自分で弁当を用意し、用意できなかった日はパンを買ってきて食べることが多い。若い頃はそうでもなかったのだけれど、最近になって一人で他人の屋根の下で食事をするのが嫌になったのは、どうも東京にいる自分が「旅の人」じゃなくなりつつあるらしいという気がしている。

 

コメント ( 2 ) | Trackback ( )
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コメント
 
 
 
旅の人 (あおい君)
2013-01-20 07:12:33
静岡でも同じような言い方をしますね。
「旅の人」というより「旅の衆」と言う言い方の方が多いかもしれません。
ボクの母は「あのお茶屋は旅の衆だから・・・」などとやや侮蔑的な意味合いを込めてよく使っていました。
もっとも、伊藤園は旅の衆だから成功したのかもしれません。
 
 
 
街の人 ()
2013-01-20 09:17:03
「あの人は『おまち』の人だから」
というのもちょっと似ていますね。
祖父が「まちばの衆」と言うときもちょっとそんな雰囲気がありました。
 
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