【母と歩けば犬に当たる……7】

東海道みとり旅の記録
【母と歩けば犬に当たる……7】
 

07|母の住所録

 一ヶ月も入院するのなら、ふだん家にいたらできないことがしたい。
 母からそういう前向きな発言が聴けると、家族としてはありがたい。何がしたいのかと尋ねると、届いたのに読んでいない文化出版局発行の季刊『銀花』(★1)をちゃんと読みたい、息子の友人から薦められた動物のお医者さんジェイムズ・ヘリオット(★2)をすべて読んでみたい、そして古くなった住所録を新たに整理したいと言う。母は以前から古びた住所録を新しくしたいと言っていた。
 母が三十年くらい使い込んだ住所録はB6判サイズの小さなもので、同じものにしたいというのだが、帰省した際に地元の文具店で探しても、どうしても同じものがない。
 母の希望は、見開きでたくさんの住所が書き込め、右端(小口)に〝アイウエオ〟五十音表記の爪(インデックス)が付いているのが条件なのだけれど、最近の「ハイカラ」なものは〝ABC〟順だったり、〝A、Ka、Sa、Ta、Na〟などとアルファベットが振られていて嫌なのだと言う。
 井上さんなら〝い〟内山さんなら〝う〟で引きたいという母の希望を叶えるため、探してみると確かに母が希望するような形式の住所録は少ない。都内で探すのなら、伊東屋、丸善、東急ハンズあたりが良いだろうと出掛けてみたが、システム手帳が優勢なせいか、昔ながらの作りの住所録が少ない。
 ようやく希望のものを見つけ手に取ってみたが、限られたページ数で五十音表記順にページ割りされていると、それぞれの項目に書き込める人数が決まっており、全部合わせて一二七八名分しか書き込めない。そんな住所録を前もって五十音表記順に割り振りしたのでは不都合があるのではないかと心配になってしまう。
 改めてよく見ると〝キク〟〝ケコ〟〝シス〟〝セソ〟〝チツ〟〝テト〟〝ニヌ〟〝ネノ〟〝ヒフ〟〝ヘホ〟〝ミム〟〝メモ〟は二項目ひとくくりに省略されている。そういう頭文字で始まる苗字はそもそも少ないのかもしれなくて、限られた記入枠数でも不都合のないよう、〝アイウエオ〟五十音表記の住所録は工夫されている。
「今後また三十年くらい使う気なら、いつか一杯になっちゃうんじゃないかな」
と聞いたら、
「追加するより、死んで削除しなくてはならない人が多くなってきているから大丈夫」
と笑う。
「頑張ってあと三十年、百二歳まで生きて貰うからね」
などと笑って励ますが、三十年後まで息子が生きているか、そして〝アイウエオ〟五十音表記の住所録がその頃まで市場に残っているか、どちらもいささか心許ない。

(2003年9月7日の日記に加筆訂正)

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★1 季刊『銀花』
〝心豊かな暮らし〟をコンセプトに文化出版局発行していた雑誌。1967年11月創刊。2010年2月発売号をもって休刊した。
★2 ジェイムズ・ヘリオット(James Herriot 1916〜1995)
イギリスの作家、獣医。自身の体験を元にして動物に関する本を書いた。

【写真】 やっと見つけた住所録。

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