コメント
 
 
 
me to (kuma)
2007-06-19 09:17:26
私も32年生まれ、30歳の頃知り合った親友(二の字)は、31年生まれだけど誕生日は、1日違い(私が18日で彼が19日)1年に1日だけ同じ歳になります。必ずその日にメールが、来ます。悔しいけど此方から先にメールを打てません。       
あかるーい ナショナール・・・なーんでもナショーナールー
 
 
 
私も (なべ)
2007-06-19 09:28:30
実は、私も32年生まれの酉年です。

ところで、この写真、本当は
もう少し上に写っているはずの
女の子を、とっているのではないでしょうか?

ピントが、甘いし、六さんが
そんな事をするはずもない。

ツーショットねらいだった?

外れたら、ごめんなさい。
 
 
 
年齢と見た目 ()
2007-06-19 14:29:49
>31年生まれだけど誕生日は、1日違い

僕は29年9月4日生まれだけれど、30年9月3日生まれと誕生日が1日違いの親友がいてkumaさんもよーくしっている人だったりします。
 
 
 
ツーショット ()
2007-06-19 14:34:15
>もう少し上に写っているはずの女の子を、とっているのでは

吹き出しは
「うわぁ素敵! あなたってミュージシャンだったのね」
だったりして。
 
 
 
Unknown (kuriden#3)
2007-06-19 19:12:37
「うちは人手んないんてそんないっかい冷蔵庫を上の階に持ち上げるのは無理だ」という言葉に、うぐぐぐぐ、うぐ、って胸がつまってしまって...。
その頃はもう白血病で入退院を繰り返していた頃なのかもしれません。
74歳で死ぬ直前、無菌室のベッドの上でも、○○さんちにアンテナを取り付けなきゃとか△△さんとこのセンタッキを修繕しなきゃと手帖を見ながらうわ言のようにしゃべってました。
金儲けではない仕事をしてたんだなぁと今思います。
おやじの不在により、妙にのしのしとおやじの存在が大きくなってきているような、そんな感じです。
おやじの墓は山原の長福寺にあり、墓石は二股ソケット型で、内部には真空管とヒューズが仕掛けられていますが、からくりはありません。
母に聞いてみたら、六さんのご親戚のみなさんのことをよく覚えていましたよ。葬式にもきてくださったみたいです。
その辺りのことをメールしようと思ったのですが、母の話には際限がなく、また、僕の頭も混乱してうまく文章にできそうもないので、今度お会いした時にでも。
22日金曜日、「かっぱ」で、ちょこっとだけこの話題にさせてもらっていいですよね。
 
 
 
おもいでひこばえ ()
2007-06-20 01:35:31
>昭和63年のゼンリン住宅マップの北脇新田のページ、大事なお客友だち宅への道筋が水色の蛍光ペンでなぞられていました

向こうのブログの返事をこちらに。

北脇新田というところはとても道がわかりにくく、何度行ってもまともに辿り着けたことがありません。16日も島崎タクシーに乗っていったらやっぱり迷ってしまい、高齢のとても親切な運転手がメーターを止めて目的の家を探してくれました。
オヤジさんが水色の蛍光ペンで道順をメモした地図をコピーさせて貰っていたら道に迷うこともなかったかもしれませんね。
続きは22日金曜日の「かっぱ」で聞き、近いうちにまたシャッターをくぐって勝手に奥に上がり込みお母さんに会って昔話を聞き、二股ソケットにつける小さい方の電球を買って(まだ売ってるんだろうか)山原の長福寺におまいりに行ってみたいと思います。
 
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