森中定治ブログ「次世代に贈る社会」

人間のこと,社会のこと,未来のこと,いろいろと考えたことを書きます

この子は,沖縄だ・・

2015-07-18 09:59:08 | 人類の未来

現役の頃,沖縄へは何度も行きました.名護へも行ったし石垣島にも数回渡りました.全部仕事で,観光目的や社会運動で行ったことはありませんでした.

リタイアしてから,自分の専門の研究や趣味とは別に,日本がどうなっていくのか,人類がどういう道を歩んでいくのか,その行く末が気がかりで社会問題のグループで討議をしたり,講演会に参加したり,幅広く本を読んだりしてきました.今回の沖縄ツアーは「コスタリカに学ぶ会」の勉強会で誘われて参加しました.『この子は,沖縄だ・・沖縄へ行こうwith RED WEAR(女の平和)』というツアーで今回が3回目,30名の募集をオーバーし32名の参加者でした.若い人,憲法に大変深い思索をされる人,いろんな人と話ができてとてもよかったと思いました.私にとって重要な問題の答えが得られたことは大きな収穫でした.

ツアーは7月11日(土)から13日(月)の3日間で,メインの12日は「島ぐるみ会議」が用意してくださったバスで,沖縄『建白書』の趣旨をお聴きし,親切なガイドをしていただいて辺野古の海を見ました.美しい海に広く連なる黄色のオイルフェンス(浮き)は自由な航行が妨げられるとのことでしたが,これは見た目にも醜く映りました.それから参加者全員に配られた赤いタオルやそれぞれが用意した赤い服を着て,キャンプ・シュワブのテント村で抗議の座り込み,そして東京オリンピックの直前,植木等が一世を風靡した「スーダラ節」の元気のいい替え歌と振りで抗議のアピールを行いました.翌日13日は「ひめゆり平和祈念資料館」,日本軍が壕(沖縄ではガマと言われます)を作って籠った「暗御門(クラシンウジョウ)」,そして米軍に追いつめられた日本兵や市民が身を投げた断崖「ギーザパンダ」など悲しくも意義深い場所を訪れました.

「ひめゆり平和祈念資料館」では,心が締め付けられるような気持ちになりました.殺しあい殴り合って物事を決めるのは人間の諸行ではないと思います.過去人間がものを深く考えることのできない動物であった時は,それでよかったのかもしれませんが,少なくとも他の動物とは違って,ものを深く考えることができ,また考えた結果を他人に示すことができます.そんな人間にあって殴り合い殺しあって物事を決めることはイヌやネズミ以下だと私には思われました.11日の夕食後は,「基地・軍隊を許さない女たちの会」の高里鈴代さんらから,12日の夕食後は沖縄で平和の語り部をしていらっしゃる横田眞利子さんからお話をお聴きしました.いずれも過去日本軍がしたこと,現在の米軍基地をそのままにしている日本政府に対して強い怒りをもっているけれども,だからといって暴力でやり返そうとは思わないと話されたことがつよく心に残りました.中国の撫順戦犯管理所のこと,日本軍に妻子を殺されたフィリピンのキリノ大統領が日本敗残兵にしたこと・・,暴力を暴力で返さない・・この人間の心と行為は,言葉で形容できません.

私は,リタイア後声楽を初めて習いました.今年10月12日(月,祝日)に仲間と一緒に都内のホールで平和憲法にちなんだ声楽のコンサート(『コンサートナイン2015』)を開催します.護憲や反戦などのオリジナル曲が沢山出ます.ハングルの歌もあります.心安らいでいただきたく思います.2日目の夕食時にそのご案内をさせていただき,日本歌曲の「初恋」,「落葉松」,イタリアオペラのアリア「愛さずにはいられないこの想い」を唱わせていただいて,そして皆で「芭蕉布」を歌いました.聴いてとてもよかったというご感想を沢山の方からいただいたことがとても嬉しかったです.次のブログで、このコンサートのご案内をいたします.

2日目と3日目の早朝に,このツアーの世話人の一人であった田中美津さんの呼吸法のレッスンに参加しました.初日は“ウー”,2日目は“オー”の呼吸法で,身体がリラックスするのを覚えました.声楽の発音と相通ずるように思いました.

その他にも,今回のツアーではチョウの研究仲間から数種類のチョウを採ってきて欲しいと頼まれました.台風の直後で断続的なスコールや強風があり,辺野古ではタマムシとシロオビアゲハしか採ることができませんでした(不要なので両方とも逃がしてやりました).「暗御門」では立派なオオゴマダラのメスを採りましたがこれも放しました.断崖「ギーザパンダ」では,最も強く希望された“ナミエシロチョウ”と“カワカミシロチョウ”のメスを採りました.飼育と観察を行うようです.

帰ってその翌日から,地元の「綾瀬川を愛する会」の会議や川関連のNPOの会議,埼玉県主催の生物調査の中間報告会,間もなく「彩の国さいたま芸術劇場」で行われる声楽コンクールの伴奏合わせなどひっきりなしで息つく暇もありません.このせいかちょっと熱中症気味です.強い陽射しに当るのを避け,可能な限り静養したいと思います.

このツアーで最も印象に残ったのは皆が揃った羽田空港の待ち合いで配られた名札です.1965年沖縄で幼稚園に通う幼い女の子が米軍にひき殺された衝撃の写真(嬉野京子/写真)でした.そもそもこの1枚の写真が,このツアーの発端だそうです.そして,その少女が生きていたら・・それが描かれた(阿倍紀子/画)素敵な名札です.添付します(絵をクリックすると大きくなります).最後になりましたが,ツアーでお世話をいただいた杉浦ひとみさん,田中美津さん,泉田守司さん,有り難うございました.

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