祈りを、うたにこめて

祈りうた(聖句つれづれ  鎖からのほどきー「長血」の女性 全五回の三)

聖句つれづれ 鎖からのほどきー「長血」の女性 全五回の三



そこに、十二年の間、長血をわずらっている女の人がいた。
彼女は多くの医者からひどい目にあわされて、持っている物をすべて使い果たしたが、何のかいもなく、むしろもっと悪くなっていた。
彼女はイエスのことを聞き、群衆とともにやって来て、うしろからイエスの衣に触れた。「あの方の衣にでも触れれば、私は救われる」と思っていたからである。すると、すぐに血の源が乾いて、病気が癒やされたことをからだに感じた。
イエスも、自分のうちから力が出て行ったことにすぐ気がつき、群衆の中で振り向いて言われた。「だれがわたしの衣にさわったのですか。」 すると弟子たちはイエスに言った。「ご覧のとおり、群衆があなたに押し迫っています。それでも『だれがわたしにさわったのか』とおっしゃるのですか。」 しかし、イエスは周囲を見回して、だれがさわったのかを知ろうとされた。
彼女は自分の身に起こったことを知り、恐れおののきながら進み出て、イエスの前にひれ伏し、真実をすべて話した。
イエスは彼女に言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。苦しむことなく、健やかでいなさい。」
(「マルコの福音書」五章、新改訳聖書二〇一七年版) *緑字は、今回の中心となる箇所。

〈要約〉長い間婦人科系の病を患っていた女性だが、「治りたい!」という強い気持ちを保ちつづけてきた。ある日、イエス・キリストの癒やしの力を知った。そしてそれを信じた。勇気を出してイエスに近づいたとき、彼女は信じたとおりに癒やされた。それだけでなく、心の葛藤からも社会的な縛りからも解き放たれた。信仰をもってイエス・キリストにすがる、そのことで救われた、という物語である。



癒やしを求めるこころ
 
1     
 私は、人におびえて生きる、という時間を長く過ごしてきた。人生の最初の記憶は、五歳の真夜中、父が母に離婚話を持ちかけているところを寝床で聞いた、というものだ。それ以来、父は遠い存在となった。一つ上の姉がいたが、二人とも、父に遊んでもらった記憶がほとんどない。いつも眉間にしわを寄せていて、口をきかない。とつぜん大声を出して母にどなりつける。父は恐ろしい人、家庭は怖く不気味な所という思いが、いつのまにか体にしみついた。
 ある年の元旦のこと。母が台所でそっとつぶやいた。「今年はうれしいね。お父ちゃんが怒らないね」
 だが、その直後、「早くしろ! 飯のしたくでいつまでグズグズしているんだ!」という声が飛んできた。こたつにすわっていた父が、いきなり怒鳴り声をあげたのだ。眉間のしわ、蒼くひきつった表情、怒りそのものの眼を思い出すと、いまも緊張する。
 成人して、ある出版社に勤めたとき、職場の先輩からのいじめにあった。彼は頻繁に嫌味を口にした。それだけでなく、面と向かってののしられたこともたびたびある。私は、毎朝出勤することが憂鬱となり、怖くなった。先輩は向かいの席に座っているので、一日中緊張していた。そのせいで持病の腰痛も悪化した。下半身の冷えもひどくなり、爪先まで水に浸かっているみたいになった。半年余りののち、私はギブアップして休職した。
 人間関係はいまだに苦手だが、これは幼児期からのことなのだと思う。


 「長血の女性」はどうだったろうか。「群衆とともにやって来て、うしろからイエスの衣に触れた」と書かれている。人々がさぞかし怖かっただろう。冷たく鋭い視線が、嫌悪やさげすみの言葉が、―彼女の存在を遠のけたいという思いの全部が、「おまえはけがれている。われわれの仲間ではない」と告げ続けているのだ。居場所がない、という思いの中で毎日を過ごす。人におびえてこそこそと生きる。そんな状態だったろうと思う。
 だから、人ごみに紛れて、うしろからそっと衣に触れたのだ。鬼ごっこのようにうしろから。だが、「はい、タッチしたよ!」などと、明るく勢いのある動作ではない。体を低くして、はうようにして、衣の裾に触れたのである。イエスの前へ出て、「病気を治してください!」と訴えられない。腕をつかんですがることなど、到底できない。もしも群衆に気づかれたらどのようなひどい目にあうか。理不尽な話だが、それが、彼女の置かれた立場なのだ。
 だが、これは実に勇気ある行動だ。そして、この行動を支えたものこそ信仰だ。―私はそう思わないではいられない。
 治りたい、生きたいという思いが強かったにしても、お医者からはひどい目に合わされ続けてきたのである。治るということへの望みも、苦しい状態が長くなれば強く保ち続けていられるものだろうかと疑問が湧いてくる。それなのにどうして、イエス様へ全身で、懸命に近づくことができたのか。
 ―「信仰の力」ということに目が向くのである。




★祈り求めるものはすべて得たと信じなさい。その通りになる。(聖書)
★いつも読んでくださり、ほんとうにありがとうございます。


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