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一言でいって禍々しい

2018-07-11 21:44:07 | アジア情勢複雑怪奇

昨日あたり、ネトウヨが交通網も数日で回復、日本ってスゴイ!などというtweetなどの書き込みを組織的に行っていたが(8日あたりから書いてる人もいた)、誰も大きくは乗ってこない。

なぜなら、いまだに被害者の数さえ明らかでない中、あるいは増え続ける中、ぬか喜びするような不埒な人間はそうはいないからでしょう。ネトウヨのような崩壊メンタリティーの人ばかりではない。

豪雨被害 175人死亡 87人安否不明

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180710/k10011526191000.html?utm_int=news_contents_news-main_001

 

と、私としては、昨日一日このテーマを書こうか書くまいか迷っていたのだが、くだらなすぎて止めたくなったがやっぱり書いておこうと思い書いてみる。

私はこの政権は、一言でいって禍々しいと思ってる。是非そう考えたことを記録しておきたい。

 

世の中には、制定法に対する違反でなくても、守るべき法は他にもある。

例えば、お葬式にへそ出しの柄物の服を着て行ってはいけないという法の定めはないが、行けばつまみ出されるし、一生酷く軽蔑されるだろう。結婚式にも同じようにコード(規範)がある。

様々なコードの中には時代の変化、価値観の変化と共にどうでもよいものになるものもある。しかし、守られ続けているのなら、それはそれなりにコードそのものというより、コードをコードたらしめる趣旨が人々に共有されているからだろうと思う。葬儀の場合ならば、人を悼む、悲しんでいる人に心を寄せるといったことが目的とされるから、享楽的なものは排されるべきだという考えが暗黙裡に強く共有され、そういうものは着ない、そういう振る舞いはしないという規範に結実する。こうしたものの集積がその文化集団にとっての基層の価値観と呼ばれる。

で、今般の安倍政権はこのコードを踏み外したと私は思ってる。しかも、禍々しい邪気を振りまきながら。

7月5日、気象庁がただならぬ状況である旨を、ちょっと聞くと言い過ぎじゃないかと思うほどの表現で警告を発する中、宴会を開き、その翌日麻原他7名の死刑執行を行ったことは既に多くの人が不快感を示している。

 

これによって、7月6日はオウムの話題が報道の中で大きな話題を占めてしまったため、この日、主要メディアは水害が発生しそうであるとの注意喚起を十分に行う時間を割かれた。

朝からみっちり扱うべきはオウムではなくて、水害発生の恐れに対する注意喚起だった。くぼ地、低地のみなさん、2、3日家を離れる準備をしましょうと呼びかけるべきではなかったか。各局が時間をずらしてもいいから特番を組むべきだった。

気象庁はほとんど最大限の言葉を尽くして、これは大変なんだと叫んでいたのだから。

これを受け止めなかった他省庁、内閣府、各政治家、そしてマスコミは責められてしかるべき。

 

しかしそれだけではない。

私はもっと深いところで、彼らはとうてい正常でないという気持ちを持つ。

多くの人命が危機にされされるのではないかと多くの人間が恐怖している中、処刑を行うという行為は不埒であるというべきだろうと考えるからだ。

そんなの関係ないじゃん、と思う人もいるだろう思うし、これは制定法でも確立された慣習法でもないから、制定法による処罰の対象になるものでないことは私も理解する。

しかし、こう考えてみてほしい。

人々が止まぬ雨を気にかけ、なにやらこれはじいさまが言っていたような大雨になるのではないかと恐怖しつつ流れの速まる川を眺め、霧のかかる山に目をやる最中に、領主がこれみよがしに処刑を断行したとしたら、民は、うちの領主は狂っていると判定するのではないか。

どういう因果なのか、明示的な規律があるとも思わないが、それは多分、人の命が危険に晒され、多くの人々が我が身と見知らぬ他人の無事を祈る最中に殺生を行うことは、あり得ないものだと前提するからではなかろうか。

神事や仏事を行うまでの幾日か、それらの人々は潔斎などと呼ばれる行動を取ることがある。その主要部分として殺生を避けることが含まれる。具体的には多くの場合肉類を食べないということになるんだろうが、本来の趣旨は殺生を避けることだろうと思う。

なぜそれが大事なのか。通説はないと思うが、感覚的にはよくわかる。戦の最中のようなごく例外的な場合を除いて、血のついた手で祈ったところで神も仏も聞き届けないに違いないと庶民は思うからだろう。

 

もちろん、現在の政権はそんな慣習的なものに縛られるものはないという考えもあるだろう。近代法による統治はそこに関わらないという見解は支配的だろうし、それはそれで健全なのだろうとも思う。

しかし、この政権の今般の行動は不埒であると捉える人が日本中に私一人だとは私は思わない。そしてそれは権力を振りかざして下に向って従わせるために使うのでない限り、個人の見識の範囲だろうと私は考える。

何度でも書くが、人々が見知らぬ他人の無事を祈る最中に殺生を行う行為は、不見識であり、不埒、そして、この感情はおそらく世界中の多くの国と地域で理解され得るものであろうとも思う。

 

山本太郎が、災害の被害者の人たちの発見さえ済んでない昨日、国会がカジノ法案を審議入りさせたことを非難していたようだが、太郎は日本の現地民的な男の子だなと思った。許せないという感情を持っていると思う。

多分、他の野党の議員の人たちもそう言っているんだろうと思う。が、多くの場合慎重に言葉を選んでいるように見えるのは、相手が相手だけに、逆手に取られることを非常に心配しているのだと思う。それは、制定法が捉える法、裁判所が関与する法でないものによって国民を縛り付けたのが天皇を利用したカルト体制だったからだ。

ということで、ここは抑え目に行くしかないんだろうと思う。しかし、いずれにしても不道徳な政権が正常、あるいは、普通、common senseの範囲内に収まっていられるのか否かは不確かだ。そして、それを変えることすらできそうにない。

大変な世の中になったものだ。

それにもかかわらず、救援と復旧のための暑い中働いているくれてる、消防、警察、各役所の皆さん、インフラ関係者、自衛隊の皆さんを含む、誰かの愛する人を探し出すために、見ず知らずの誰かの安心と安全のために我が身を粉にして働いている多くの人々にお礼をいいたい。こういう人たちこそ私たちを不安から救い出してくれる、不埒な世の希望でさえあると思う。

 


 

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3 コメント

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モラルの決壊 (私は黙らない)
2018-07-12 01:29:18
ブログ主さんは、このテーマを書こうか書くまいか迷っていたとのことですが、とても大事なテーマだと思います。安倍政権は道を踏み外している、人間には、文化習慣を超えて、共感できるあたりまえの感覚があるはず。この最低限のモラルが決壊したら、人間社会が成り立たない。
まだ被害の全容も把握しきれていない中での6増法案強行、何かが狂ってる。まず何より救援と復興でしょ。誰がみたって。
モラル (ブログ主)
2018-07-12 03:00:54
私は黙らないさん、どうも。
応援されて気がしました。

最低限のモラルが決壊してるのに放置しているから、unityを失っていくんでしょう。しかし、最後にも書いたように、逆に、そうでない人たちがちゃんと多く存在しているんだということを確認できることに希望を見たようにも思ってます。

災害に想う (ハシビリコウ・うな)
2018-07-12 11:48:20
記事に感謝です

『西』の災害には義捐金を送ることくらいしかできません

被災者を想い人知れずに涙する人がいる反面
他人事だと気にも掛けない人もおります
わたくしも惨たらしい新聞を読んでも
酒を吞んでは飯も食います

ただ
このときも被災者や救援にあたる人達に
想いは馳せております

災害の起きるたびに思いますが
そこ瞬間の行動に
人か人でなしかが判るような気がします

これから本格的な暑さが遣ってくると思われます
ブログ主様も
どうぞご自愛のほどを・・・・・




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