DEEP ACIDなんでもかんでも日記・ヤプログ!より移行

It's blasphemous to believe in clients

 「お客様は神様です」と言う言説には宗教的に見て重大な欠陥がある。つまり、そもそも人が我々人類を超越して“神”の存在を想定してそれを信仰するのは、人が常に“過ちを犯す”存在だからである。ご先祖を祀るのも同様。生前に過ちを犯したことはあるかもしれないが、少なくとも仏様になってから過ちを犯すご先祖様はいない。そういう絶対的な存在を仮定して人々が過ちを悔い改めたり、平穏無事を祈るのが宗教の存在意義である。お客様を神様にする、と言うことは、過ちを犯す存在を信仰することになり、宗教的に重大な問題がある。
 先日のマルクス再考では物神信仰(フェティシズム)について触れたが、物や特にお金に強烈な求心力があるのは、そこに交換価値と言うものがあり、交換とは見知らぬ他人との信頼関係を築く上で人類が身につけた知恵である。神仏信仰と同様、人類が発明した社会生活を営む上で重要な知恵だが、両者を混同してはならない。価値交換は人間関係を築く上で必要だが、人間を神格化することには哲学的に大きな懸念がある。
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