Ad novam sationem tecum

風のように日々生きられたら

越境の存在。

2019-05-11 19:28:21 | 今日。
こんにちは。

新緑の季節になりました。

PCの復旧はもうしばし
ということで

今日まで
先月書いたフィギュアスケートに関わるお話を
書こうかなと思います。

去年GPシリーズを見ていたときに
プルシェンコの「ニジンスキーに捧ぐ」を知って
そのあと少しニジンスキーについて知ったこと
気づいたことがあって

その備忘メモの意味も兼ねて
書いておこうと思います。

あと
プルシェンコの「ニジンスキーに捧ぐ」を
見て感じたことをいくつか。

ほんとはね
3月の世界選手権の前に
書こうかなとも思ったんだけど

前回書いたように
バタバタしていてPCの復旧ができていなかったのと
敢えて何も書かない状態で
世界選手権を見たかったので
書かなかったのだけれども。


プルシェンコの「ニジンスキーに捧ぐ」は
もう何度も見ています。

ここ最近は動画をまず、
前回の記事でリンクしたゆづるくんの
「春よ、来い」を何度か見た後
プルシェンコの「ニジンスキーに捧ぐ」を
何回かリピートして見て、
それからやっと他の動画を見始める、
という感じ。

何度見ても
素晴らしいですね。

最初に「ニジンスキーに捧ぐ」を見たとき、

中盤のステップを見て思ったのは、

これはピカソだな

と。


この私の直感は外れていなかったらしく、
後で調べたところ、

逆にピカソが
ニジンスキーから影響を受けたのではないかと
思われるとこともあって
なんかおもしろいな
と。

ニジンスキーはもともとダンサーで
その後振付師となりましたが、

その人となりについて
久しぶりに松岡正剛さんの千夜千冊より
少し引用させていただきます。


松岡正剛 千夜千冊
『ニジンスキーの手記』

https://1000ya.isis.ne.jp/1099.html


上記サイトにニジンスキーがダンスをやめた経緯について
少し引用が。

  私はもっと踊りたかったが、
  神はもう充分だと言った。

‥  私は以前は恐ろしいことをした。
  神を理解していなかったからだ。

  神を感じていたが、理解していなかった。

とあります。

直接的な意味は判然としませんが
少し考察して後述することにします。

ニジンスキーは幼少よりダンスの才能を発揮し、
その妹が述べたところによると、

跳躍力等もすさまじく

「いつ一つのパを終え、いつ次のパを始めたか、
 まったくわからない。
 ニジンスキーは床に下りてこないで、
  情報に向かって羽ばたく鳥のように
  上へ上へと飛んでいるかのように見えた」

「ニジンスキーはジャンプの最中に体のポジションを変え、
 ぎりぎりまで上半身を弓のように後ろに反らせる。
 まるでニジンスキーの体は床に触れずつねに空中に留まって
 いるかのようで、前に屈んだかとおもうと後方に反り、
 空中で前後するのだった」

とのこと。

舞踊譜を
独自のダンス・ノーテーションとして創案し、
それは、長らく解明されていなかったらしいのですが、
ようやく後世解明されることになります。

そのヒントがニジンスキーが同じ記譜法で
彫刻家ルカ・デルラ・ロビアの浅浮彫(バ・ルリエフ)を
譜面にしていたことにあったらしい
というところが
とてもおもしろい。

体の動向を独自に記譜していたという
ことですね。

ちなみに、ニジンスキーの振付は
『牧神の午後』しか残っていないそうです。


ここで
具体的にニジンスキーの振付の特徴について
下記の動画の振付師(或いは演出家?)の女性が
とてもわかりやすく
説明してくださっています。

Le Sacre du Printemps(ニジンスキー版)


https://youtu.be/ke58bOaRe8w

この動画はロシア・バレエ団が
ニジンスキー振付(とされる)「春の祭典」を
パリにて公演することになり
その際の番組ということです。

「春の祭典」は
後にベジャールも振付を行ったことでも有名ですが、

古代スラブの儀式の生贄の少女を
テーマにしています。


先に述べた女性振付師の言葉は
8:12あたりのところからありますが、
ニジンスキーの振付の特徴について
具体的に述べてくれています。


ニジンスキーの振付の特徴は
まず静と動の差が明確に表現されていることです。


制止してジャンプする、
頭と腕を曲げた非対称のポーズ等の例が挙げられていますが、
そういった動作の逆転、明暗は
ここでは、人間のもろさ
或いは
古代人における自然や宇宙に対する恐れとして
表現していると解釈されています。


また、
2つの拍子が重複するとき
振付もまた2種類の拍子を軸に作られるのが普通ですが、
ニジンスキーの場合5つの拍子を刻むとのこと。

つまり、
踊り手はこの試練によって
苦痛を伴う儀式を実際に味わうわけで、
体の動きを非常に制限した踊りは
人間の逃れられない運命を暗示している、
と解釈するわけです。

このニジンスキーの
動作の抑制は踊り手には難しい課題であり、

ニジンスキーの振付が
後世に残らなかった理由としても述べられていますが、、
肉体に対する常識を覆し、全く新しい動きを踊り手に要求するが

しかし、踊り手にとっては拒絶反応を示す“受け入れがたい”動きであった
と言えます。

これらのニジンスキーの意見を鑑みて
私が考えたのは、

つまりニジンスキーは

“体の極限”を追求したのではないかということです。

ニジンスキーのダンスの才能は
常人を超えていました。

しかしながら、ニジンスキーは“その先”を見ていました。

“その先”とは、すなわち“神の領域”です。

そして、その“神の領域”に到達することは
難しいと
あるとき気づいてしまった。

だからこそ、ニジンスキーは後年

  神を理解していなかったからだ。

  神を感じていたが、理解していなかった。

と書いたのではないかと。

この言葉に見えるのは
明らかに 諦め、絶望です。

ゆえに、ニジンスキ-の振付は
その“神の領域”がどのようなものであるかを
追求し、それを理解するまでの過程であるのではないかと
思いました。


だからこそ、ニジンスキーの振付は
人間の“体の極限”の“その先”を示そうとした。

頭と腕は逆方向にねじ曲がり、

止まっているときに動く。


ここで、ニジンスキーの振付として確定されている
「牧神の午後」について見てみます。


牧神の午後 ニコラ・ル・リッシュ


https://youtu.be/663rTIzz_s0


「牧神の午後」は
wikiによると下記の通り。

「「あらゆるセンチメンタリズムを追放する」と宣言したニジンスキーの振付は
 古典的なバレエのステップを全面的に排除した、極めて独創的なものであり、
 舞台上のダンサーは常に観客に対して横を向いたまま、
 ゆったりと左右に動いた独特の二次元的な姿勢であった。」

「ラストシーンでは、ニンフが残していったヴェールの上にうつ伏せになった
 牧神が下腹部に手を入れて自慰の動作をし、腰を痙攣させて性的な絶頂を表現する。
 性的なテーマがこれほど露骨な形で表現された舞台作品というのは前代未聞であった。」


 「初演では、これまでの舞台で観客を魅了してきたニジンスキーの華麗な跳躍は全く見られず、
  登場人物がぎくしゃくとした動きで行き来する平面的な舞台に多くの観客はとまどい、
  最後の自慰行為の演技に至って、ほとんどの聴衆はこの作品をマラルメやドビュッシー、
  バレエに対する冒涜であると断定した。」


しかしながら、こういう記述もあります。

  「ロダンはニジンスキーの演技を古代のフレスコ画や彫刻の美に喩えて賛美した。」

先ほど引用した松岡正剛さんの文章でも触れられていましたが、
話は前後しますがニジンスキーは、ダンスの才能をディアギレフに見出され
後、マリインスキー劇場のバレエをまるごとパリにもってこようという計画で
「バレエ・リュス」が結成され、パリで公演された際には大絶賛されます。

 「若きジャン・コクトーはディアギレフの舞台に圧倒され、
  「ニジンスキーは船底の魚のように跳ねた」と驚嘆した。
  コクトーだけではない、ピカソもエリック・サティもココ・シャネルも、
  みんなロシア・バレエとニジンスキーとパヴロヴァとカルサーヴィナにぞっこんだった。
   ロシア・バレエはパリを挑発しつづけたのだ。」

そして、ニジンスキー振付による演目では、
 「(ニジンスキーは)ダンサーたちにアン・ドゥダン(内股)を強制した。
  バレエの基本の基本である垂直性を捨て、首を曲げたまま踊るようにも指示した。
  ダンサーたちはニジンスキーの呪縛から逃れられないだけではなく、
  そうすることによってどうしても掴みえないニジンスキーのすべてと交感したいのだ。」


つまり、体の本質というものに素直に目を向けたとき、
ニジンスキーの振付による身体の表現は、美しい事実であったのだと
思います。

だからこそ、ピカソもまた、この事実に心を奪われ、
かの有名な非対称な女性の絵などに
ニジンスキーが少なからず影響を与えたのではないかと気づき、

私はおもしろいなと思ったのです。

ちなみに、「牧神(パーン)」とは羊飼いと羊の群れを監視する神で、
サテュロスと同じく四足獣のような臀部と脚部、山羊のような角をもつ獣人とされています。

獣人は、人型と他の動物の外見を合わせ持つ人物ですが、
このあたりも、昨年の12月のこのブログの記事で書いたことと少し関係していて
(エジプトのスフィンクスとかの人間とは異なる異形の神の話ね。)
表現の源に少なからずこういった原初に関わる根源的なテーマとつながっていて
興味深いというか、本当にいろんなことがつながっているな

あらためて思うわけです。


というわけで、ニジンスキーのダンスについての
一般的な所見と私の考えるところを書いたので
ここで、改めてプルシェンコの「ニジンスキーに捧ぐ」を見てみたいと
思います。


プルシェンコ 『ニジンスキーに捧ぐ』 2004 RN 芸術点オール6,0 Plushenko


https://youtu.be/kkhn4KbisJc


先ほどまでに見たニジンスキーの精神を要所要所に折り込んだ
まさにニジンスキーに捧げる、或いはニジンスキーと交感し
降臨させたかのような、素晴らしいプログラムだと思います。

全体を通して、静と動の表現の仕方が独特で、

音楽の緩急とは逆の静と動の動きが
不思議なことに音楽と一体化されて
全体を通してひとつの作品として
バラバラにならずに美しい均衡を保っています。

コメント欄にもありますが、
音楽がクライマックスとなる場面で、敢えてジャンプなどの派手な演出をせず、
ゆるやかにひとつのポーズを決めるところなど

背筋を這い上ってくるような恍惚感があり
とても素晴らしい。(4:21あたり)

最後のポーズも
普通はびしっと決めたくなるものですが、
敢えて、ゆるやかに体のひとつひとつの分子が
世界に霧散して溶けてゆくような
ゆったりとしたポーズで締めくくっているところなど

隙のない本当に完璧なプログラムなんだなと
唸らざるをえません。


また、一番困難であり、見せ場であると思われるステップの部分では
頭方向と足のステップの向きが逆で
さながら四足獣の獣神に見まがうような
まさに人間の動きを超えた圧巻のスケーティング。

プルシェンコの他の「ニジンスキーに捧ぐ」を見ましたが
2003年の初演では、まだこのステップ部分は挿入されておらず、

導入されてからも、出来たり出来なかったりということもあるようで
この動画のこの試合こそが
素晴らしい完璧なステップを表現できたまさにその瞬間であったのかも
しれません。

それを考えると、プログラムの表現もまた
世界のさまざまな構成要素のひとつとして
その場、その場のさまざまなものと関係しながら成立していることを
改めて考えさせられます。

そして、その全てがうまくひとつの作品として
完璧に表現された瞬間というのは
本当に稀有な瞬間なんだなと。

そんな
素晴らしさを伝えてくれる、最高の表現、最高の瞬間であり

芸術点満点というのは納得というほかありません。



今回、ニジンスキーの世界に触れ、
そしてプルシェンコの「ニジンスキーに捧ぐ」を見て、

ニジンスキーと
プルシェンコの交感し、追求した表現というのは

まさに
“人間という存在を超えようとした表現”
なのではないかと
思いました。


そして、
そこにこそ、

この世界の全ての何かが生まれる瞬間の秘密もあるような気がして

こういう表現に触れるたびに
心の奥の方から突き動かされる感動を覚えるのです。

全てのことは
つながっている。

前回、
ゆづるくんの「Origin」について
世界選手権での演技を中心に書きましたが、

きっとゆづるくんもまた
プルシェンコはもちろん
さまざまな世界との交感によって

素晴らしい表現をこれからまた
きっと生み出してくれるに違いないと

私は思っています。


ゆづるくん

前回は厳しく書いたかもしれないけど、

でも
私は

ゆづるくんが素晴らしい人だと思うので
敢えて書きました。


これからも素晴らしい表現を見せてほしいから。


今日の記事を書く前も
前回の記事を読み直しましたが

傷つけていたらごめんね。



愛ってなんだろうね。


私は
ゆづるくんが好きですよ。

白いゆづるくんも


黒いゆづるくんも
好きです。


これからも
いろんな色のゆづるくんを
見せてほしいです。



今回トップに持ってきた絵は、

山本タカトさんの「殉教者のためのディヴェルティメント」
に所収の「聖セバスチャンの殉教」を題材とした絵です。


現代の浮世絵師として名高い山本さんの絵は
国芳や暁斎などを彷彿とさせて

私は好きです。


山本タカト 幻色のぞき窓
http://www.gei-shin.co.jp/comunity/07/01.html

   “亡霊と戯れるというイメージは頻繁に脳裏に現れるのでよく絵にする。
    それがどんな意味を持っているのか生真面目に分析したことはないが、
    とにかく、くり返しやってくる。
    時空を超えた生と死のやりとりといった感じで、
    なにやら性的なものと結びついている。
     大抵、死の側の存在の方が生の側を攻め立てるパターンになるのだが、
     それは死の側が死としては出来損ないの迷える存在で、
     その者が自身の満たされない透き間を埋めようと焦っている体である。
     不完全なものも醜いようで美しい。
     どこまでも死から遠ざかって見えた美しい肉体の少年少女には死の影が宿り、
     より美しく見えるという思い込みのままに描く。”


三島由紀夫の自伝的小説「仮面の告白」では
主人公が初めて自慰行為を覚えるのが

「聖セバスチャンの殉職」の絵で

その辺りもなんとなくニジンスキーとつながりますが、


この絵は「ボレロ」を生んだダンサー、イダ・ルビンシュタインを調べていて
邂逅したものです。

イダ・ルビンシュタインは「バレエ・リュス」でニジンスキーとも
共演していますが、

↓こちらのブログさんの記事の

モンテスキウに関する記述(渋澤龍彦著「異端の肖像」からの引用)の中に
イダ・ルビンシュタインとモンテスキウとの関係と
「聖セバスティアンの殉教」の公演についてのことが書かれています。


柳本幸子の徒然音楽日記
https://ameblo.jp/marisis/entry-10727693835.html

(以下、上記サイトさんより引用)


モンテスキウが、同じく古い貴族の出身であるロシア・バレエの主宰者ディアギレフに出会ったのは、1898年である

。ここに、もう一人、彼の熱狂の対象となるべき人物、しかも女性があらわれた。裸で舞台に出た

くてディアギレフとともにパリにやってきた、ユダヤ人の富豪の娘、イダ・ルビンシュタインである。この少しも踊

らない沈黙の悲劇女優の露わな肉体を「シェヘラザード」の舞台で初めて見た伯爵は、一瞬、自分の女嫌

いを忘れたかと思った。これこそ自分が二十代のころに夢見た、乳房の平たい、残酷な両性具有者

のイメージではないか。サラ・ベルナールの場合も、今度の場合も、彼は明らかにマゾヒスティックな眼で女を眺めて

いたのである。イダはビスケットとシャンパンしか飲み食いせず、着物は一度袖を通せば、もうそのあとは決

して着ないという我がままな女だった。

 モンテスキウは、彼自身の神と、彼自身の女王とを劇場で引き合わせた。ここに傑作が誕生しないわけ

があろうか。事実、傑作が誕生することになったのである。それは伯爵のひそかな願いを叶えるに

ふさわしい、聖史劇と銘打たれた「聖セバスティアンの殉教」であった。


このダヌンツィオの作品のなかには、世紀末デカダン文学のあらゆる主題があつめられていた。主要人物の

ルビンシュタインは、両性具有でしかも殉教者であった。装置は、崩れゆくビザンティンの古代世界であった。

曖昧なキリスト教のモチーフは、その先縦というべき「聖アントワヌの誘惑」を思わせた。そしてセバスティアンに恋す

る暴君は、愛する者を殺すというサド=マゾヒズムの体現者であった。

モンテスキウは、ダヌンツィオにフランス語で書くことをすすめ、自分の使い慣れた綺語や修飾語を彼に教え、でき

あがった原稿を丹念に読んで、安っぽい懐古趣味やイタリア趣味の欠点をとりのぞいてやった。むろん

、彼自身が自分のなかにはとても発見しえない、天才の抒情の発露を損なわないよう十分の注意を

はらった。装置はロシア生まれのバクストであった。彼はルーヴルに案内され、ペルシアの織物や、ビザンティンの

七宝や、シリアやエジプトで発見されたローマ時代オリエントの低浮彫を次々に見せられた。


ほとんど素肌の上に甲冑を着ただけの痩せたルビンシュタインは、まさにビアズレー描く聖セバスティアンといった

趣になるにちがいない。これはローマ法王庁を震撼させることにもなりかねまい。音楽は、ドビュッシーを

選ぶことに伯爵が決め、彼を劇作家に引き合わせた。舞台稽古のあいだも、伯爵は空に向かって矢

を射る聖セバスティアンの所作を、振付師のフォーキンに指示するために、何度も舞台の上に飛び上がったりし

た。


  俺は躍る、百合の情熱の上で。
  俺は踏みしだく、百合の白無垢を。
  俺は押しつぶす、百合のやさしさを。



  

       

やっぱり、いろんなことが
つながっている気がする
今日この頃です。


そんな世界のひとつひとつを
頭の中で
解きほぐしながら

これからも
マイペースで
やっていきますので


よろしくです。


ではでは、
今回はこのあたりにて。


またねー(*´∀`)ノ



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