Ad novam sationem tecum

風のように日々生きられたら

旅日記・・・津和野。

2009-06-25 00:41:49 | 日々の徒然
この日、福岡のお天気はあいにくの曇り空で、
今にも降り出しそうなお天気でした。

そんな中、出発。

津和野に着く頃、雨は本格的になり、
いろいろと散策することは、
諦めようということになりました。


  *   *   *

そのまま、
まず、通り掛けに
葛飾北斎美術館に行きました。

『北斎漫画』の初摺りが出たということもあって、
 この地に小さな美術館があるのだそうです。

以前、山口大学の院生の方に
近くで、山口の旧家で板木を大量に所蔵している家を見つけた、
というお話を聞いたことがあり、

山陰・山陽にも
板本の流通経路があるんだなぁ、と。

意外と、今でも、昔ながらに板木を持っているところも
多いのではないかと、素人ながらに思った記憶があります。

さて、この美術館では、
北斎の肉筆画数点と北斎の生涯についての展示があり、
やはり、生涯、ほぼ現役だった北斎の
画に対する情熱って凄いなぁ、と只々思いました。


   *   *   *

で、
その後、
鴎外記念館へ。

以前、津和野へ来たときは、この記念館はなかったので
津和野へ来たのは13年以上前、ということになります。

鴎外の著作は、全て読んだわけではないので
私に鴎外を語る術はないのですけれども、

鴎外に関するたくさんの書物が展示してあり、
かなり見ごたえがありました。

この記念館は、やはり、
「石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」
という、鴎外の遺志を
最大限に尊重した展示をおこなっていて、

死の間際に、そう書き残した鴎外の思いに
心を巡らせることができました。

漱石にしろ、鴎外にしろ、
明治という時代を生きて、
その時代の終焉を身をもって体感した人だから、

明治という時代の前後に
社会や、人や、物が
どれだけ変貌したかということも
身をもって体感していたのだろうと思う。

だからこそ、
変わりゆくさまざまなものの中で、
死の間際に、自分のものの考え方を養った
津和野という土地について
思いを馳せたのかなぁ。。。。


若い頃、
一緒に四書五経を学んだ友達のことを、
幼い頃の自分に漢籍を与えた両親のことを、
津和野のたくさんの人々のことを、
それぞれに対する想いを
心に巡らせたんだと思う。

それが、鴎外の原点だったんだろうなぁ
と。

人にとって、
自分の考えを養った場所って大事だな、と
改めて思った。

それが、
ひとりきりの自分の部屋であったり、
たくさんの人と議論をかわす学校だったり、
人によってそれぞれなんだろうけれども、

そこが、自分の原点であるような気がするから。

そこで、自分の未来を思い描いて、
自分の役割というものが何かということを
探し求めて。

そういうとき、人は、
本当にキラキラしているのかもしれない。

大人になって、
いろいろな可能性を捨ててゆくこともあるかもしれないけれど、
それでも、また輝こうと、
妥協せずに、生きていくことが大事なんだと、
改めて、思った。

そういう考え方って
やっぱりエレカシの歌に通じるなぁ、と。

だから、きっと、
エレカシの、宮本さんの歌が好きなんだと
思いました。

なんて、考えながら、
記念館の窓から、津和野の風景を見ていました。



   *   *   *

鴎外は、やっぱり優しい人だと思いました。

道を究めた人は、
愛することはどういうことなのかを知っていて、
自然と愛にあふれている、

そういう印象を受けました。



記念館を出ると、雨があがっていました。

そのまま、鴎外の旧宅へ。
10歳まで、ここで過ごしたそうです。



こういう感じ。



庭も、雨に洗われて、色が鮮やかで綺麗でした。


鴎外記念館で開かれていた本の、とあるページは、
鴎外旧宅にある碑に佐藤春夫の筆で刻まれた詩、
「扣鈕」でした。

この詩は、以前も読んだことはあったのだけれど、
なぜかしら、今回は、とても心に沁みました。





       扣 鈕 (ぼたん)

           南山の  たたかいの日に
           袖口の  こがねのぼたん
           ひとつおとしつ
           その扣鈕(ぼたん)惜し

           べるりんの  都大路の
           ぱっさあじゅ 電灯あおき
           店にて買いぬ
           はたとせまえに

           えぽれっと  かがやきし友
           こがね髪   ゆらぎし少女(おとめ)
           はや老いにけん
           死にもやしけん

           はたとせの  身のうきしずみ
           よろこびも  かなしびも知る
           袖のぼたんよ
           かたはとなりぬ

           ますらおの  玉と砕けし
           ももちたり  それも惜しけど
           こも惜し扣鈕
           身に添ふ扣鈕



時間は、あっという間に過ぎていくから、
今の、この時間を大切に。

私も精一杯の愛を捧げようと思います



    *  *  *

番外編:鴎外記念館で購入した、印譜展示のパンフレット
    ひそかに楽しい


4 コメント

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 ()
2009-06-25 17:37:47
こんにちは。
お元気になられたようで何よりです。
鴎外の「印譜展示のパンフレット」、
私も絶対に買います。
ひそかに羨ましい…

萩は十年ほど前にも、津和野に至っては20年近く前の記憶です。
私も「石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」に惹かれて旧宅や街並を歩きました。
明治人の思い、私は切なくて切なくて…
たぶん、norikoさんのいう「社会や、人や、物がどれだけ変貌したかということも身をもって体感していた」からだと思います。
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釉さま (noriko)
2009-06-25 21:19:53
こんばんは。

お蔭様で元気に頑張っております~
ご心配おかけして、本当に申し訳ありません。。。
いつも、お心遣いありがとうございます

「印譜展示」のパンフレット、いいですよ
本当は、本になっているものが欲しかったのですが、6500円したので、そちらは諦めました
(ちなみにパンフレットは500円です)

明治の人の思い、切ないですね。
今も、時代を見つめる人というものは、切ないですけれども。。。。

ずっと頭の中でいろいろなことがぐるぐるまわっています。

鴎外は、遠い思い出を胸に秘めたままで、ずっと、どのような想いだったのでしょうか。

保守的な日本の風習や制度に対して、変わるべきだという思いを胸に刻んだと思います。

しかしながら、鴎外は、晩年、古にあるべき姿を求めました。

そして、死の際には、「石見人として死にたい」と。

鴎外の新しいものへの欲求、古いものへの欲求。
時代は、鴎外の思うものとどれだけかけ離れていたのでしょうか。

鴎外は、どれほどの諦めをもって、自分を、世の中を、人を、見つめたのか。

「鴎外」としての生涯を全うして、「石見人」として死ぬことで、鴎外は、結局のところ、自由になれたのか。

死ぬことでしか、自由になれなかったのか。

現世の思いは、到達できたのか、到達できなかったのか。
あるいは、到達できなくても良いと思ったのか。


いろいろ考えてしまいます。

鴎外は、一生懸命な人だっただけに・・・・せつないですね

あ、先程、くずし字ブログの方の記事を読みましたよ
遅くなるかもしれませんが、感想書いておきますね~

いつも、ありがとうございます
釉さんには、本当に、感謝致しております。。。
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芥川の迎え ()
2009-06-26 14:14:08
鴎外から文豪つながりで、お許しを。

あのね、我が恩師は亡くなる直前に
「さっき芥川が来たんだ」と奥さまにおっしゃったそうです。
奥さまのお話だと、実際にその時の先生は訪ねてきた人と親しげにおしゃべりをしているようなうわ言を繰り返されていたそうです。
でも、まさか相手が芥川龍之介だとは思わなかったとか。
内助の功を尽くされた奥さまは、先生の最後の著作のお手伝いもしていらして、そこで芥川を論じたことがその夢にでてきたのだろうとおっしゃっていました。
先生が最後のご著作に満足していた証しだからとも…。

でも、私には、芥川が先生を本当に迎えに来てくれたように思えてなりませんでした。

先生が亡くなる直前にその生涯のご研究の集大成とされたそのご著作を、私はいまだに開けずにおります。
不肖の弟子です。

私のブログで書こうとしたのですが、
障りもありそうなので、こちらでお伝えしました。
長々お許しください。
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釉さま (noriko)
2009-06-26 19:28:26
こんばんは。

日が長くなり、「こんばんは」というのがおかしいくらい、外はまだ明るいです。

釉さんの先生と芥川のお話。
ありがとうございます。

釉さんの先生は、亡くなる直前まで、ずっと芥川のことを考えていらっしゃったのですね。
本当に、芥川が迎えに来てくれたのかもしれませんね。

釉さんの先生は、自分の想う人に、会いたくても会えなかった人に、最後に会えたのですね。
素敵なことです。

私も、いつか会えるでしょうか。。。。
会えたら、いいなぁ。。。


釉さんが、先生の本を開かなくても、先生の思いが釉さんに残っているから、きっと、大丈夫だと思います

お気を遣ってこちらに書いていただき、ありがとうございました
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