De cela

あれからいろいろ、昔のアルバムから新しい発見まで

創造性写真一考

2018-10-29 10:32:45 | 写真芸術
写真に入っていった経過
どうやら生涯の夫婦二人の活動は写真に集約されそうだ。
chyの方がこの手の想像的撮影を始めたのは数年早いし、サークルなどで正式に学び出したのも早い。chyはフィルム一眼レフ時代からあちこち投稿して入選することもあった。フィルムからデジタルに世の中が変わってきたとき、一眼デジタルは高くてとても手が出なかった。そこでしばらくはある程度高級だけどコンパクトデジカメで教室に参加していた。農協系サークルなのでみんな金持ち。誰もが一眼レフを持っていて彼女も肩身の狭い想いをしていた。そこで私がコンパクト、キヤノンのSX30を譲り受けて彼女にはcanonEOSX5iを始めて買い与えた。その後二人で横山公民館スカイデジカメサークルというところに入ったが今度は私が肩身の狭い思い。そこで間もなくCanonEosX7iを購入。5iより機能は上。写真はカメラがここまで進歩すると機械でなく感性である。カメラ機能をしっかり使い込んでそれなりの写真が撮れるようになるまでこのカメラで行こうと決めた。

上手な写真を撮る人は上には上がいくらでもいる。それと競争しても勝てる写真は撮れるようにならない。写真マニアはカメラの上位機種に凝る。撮影する場所と条件に凝る。撮影する時間や天候に凝る。だから日本中を旅行して駆け巡り、こぞって外国に行き撮る。
しかし、そういう立派な、上出来な写真は見飽きた。みんな上手だし、そこまで手間暇とカネと労力をかけるわけにはいかない。
もっと身近なところに語りかけてくる現象を見つけ、ネイチャー写真から自己表現をする道具に代えていきたい。

東京写真表現塾に通っている。毎月撮影課題が与えられる。課題は1m先の被写体、テクスチャー、光と影、自分、家から500mはんいでの物語の発見という課題が与えられてきた。今は「時間」という課題が与えられている。
その課題写真を1か月30枚厳選して教室で公開する。そこでどういう思いでこの課題に挑戦して、これを撮ったか、そして選んだかを説明する。
私は課題が与えられるとその意味するところを真剣に考える。そうして過去の写真の中から選び出すのでなく、あくまでも課題の期間内に課題を考えぬいた作品を撮影する。課題を与えた講師の考えを真剣に考える。何を求めて何を作らせようとしているかを考える。
だからどうしても作品は課題の範囲である広がりを持ってしまう。たくさん撮ってその中から自分の訴えたいものを一つのストーリーにまとめるという条件が付いているが今まで完全には守れていない。2つまたは3つ、多ければ5つぐらいの物語に分けられる。それは毎回指摘されているが、その5つほどの物語の中から1つを選んで撮り直すか、将来出される自由課題の中でまとめて行けばよいと思っている。

グループの中ではこの課題に対しての取り組み方が異なる人もいる。すでに自分が撮りたい世界は決まってしまっている。だから毎回同じような写真を撮ってくる。たとえば、公園の草花ばかり。どんな課題が与えられようが作品はまたあの公園の草花である。そして1m以内の風景を撮って来た、光と影がある、花弁の表面の手さわり感、花の姿が自分に見えてきた、公園は500m以内にある・・・・まことに尤もだがこの方は永久に写真の撮り方、言い換えれば表現の仕方、創作性は変化しないだろう。まずは今までの固定観念を取り除き、今までと違った目をもって世界を眺めてみる必要がある。
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