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佐藤一斎について ―  「目標」や「理想」「志」の重要性

2013年10月08日 | 人間学
佐藤一斎について

「目標」や「理想」「志」の重要性

 学問をする上で、あるいは生きていくうえで何が大切か?という問いには、聖賢は「志」を立てることが大切だと説いていることが多い。中国古典では、「修身斎家治国平天下」の教えがあり、特に学問をする人の志に「治国平天下」とする人が多かったのではないだろうか。
やはり、何事も事のはじめには、「志」が必要なのだろうかと思う。もっと簡単にいえば「理想」とか「目標」というものが必要なのではないだろうか。
学生のころは、受験勉強とか、試験勉強とか、就職試験とか、勉強がある程度実利的になってしまう面も、現代社会では現実問題として、ある程度やむを得ない面はあると思う。  
しかし、ある程度、歳を重ねてきたら、あるいは学生であっても、己を空しくして、この理想や目標、志を立てて努力する姿勢を確立する(割合を高くする)ことが必要なのではないだろうか。

 前回の「カール・ヒルティ」についての最後の引用も、志を立てる上で、また、日々の軌道修正としてもとても大切な文章だと私は思う。
もう一度引用したい。

 だから、若い読者よ、あるいは、これまで幸福をさがし求めて満たされなかった読者諸君よ、むしろ直ちに、最高のものを目指して努力しなさい。第1に、それは最も確実にして最上のものである。なぜなら、それは、神の意志であり、また君に対する神の召命でもあるからだ。
第2に、それは、あらゆる努力目標のうちで最も満足の得らるものであり、その他の目標は、すべて多くの苦渋と幻滅を伴うのである。
最後にそれは、同じ勝利の栄冠を目指して人々と競争しながらも、友情と互助が行われる唯一の目標である。そして君がいよいよその目標を到達したとき、君を迎えるものは、羨望者やひそかな敵ではなくて、誠実な友人や同志 ――― つまり高貴な魂ばかりである。ひとはかような人々とでなければ、真に安らかな幸福に住むことはできない。
岩波文庫 カール・ヒルティ「幸福論」から抜粋

 私が、手帳に貼りつけていたもうひとつの文章がある。

「古今第一等の人物」  
世間第一等の人物になろうとする事は、その志たるや決して小さくはない。しかし、自分はそれでもまだ小さいとする。現在、社会には人民も数は多いが、その数には限りがある。よって、世間第一等の人物になろうとすることは、おそらく達成しがたいことではないだろう。
しかし、過去においてすでに死亡した人に至っては、その数は、今の人の幾万倍もある。その中に聖人、賢人、英雄、豪傑は数えきれないほどいる。
自分は、今日まだ生きているから、やや人にすぐれているようだが、明日にも死んでしまえば、古人の仲間に入ってします。
ここで、自分のなしたところを古人のそれに比べれば、到底比べものにならない。まことに恥ずかしいことである。
だから志あるものは、古今第一等の人物たらんことをもって自ら期すべきである。
言志録 118 (講談社学術文庫「言志四録」から)


 佐藤一斎という人の文章だ。幕末の幕府の儒官で、著書である「言志四録」という書物は、西郷隆盛が101項目を抄録して常に懐に入れて持ち歩いていたという逸話が残っている。
現代では、講談社学術文庫で川上正光氏の現代語訳と解説つきで読むことができる。『言志録』、『言志後録』、『言志晩録』、『言志耋(てつ)録』の4書の総称が「言志四録」であり、佐藤一斎が何十年もかけて、折に触れて練に練った考えのエキスを集めたようなものだ。学問と天からのインスピレーションが織りなした思考の結晶と言ってもいいのかもしれない。
何十年もの思考の結晶が、4冊に収められていて、それぞれが、短く、どこから読んでもためになる。「切れば血の出るような」文章と表現されるほどの文章である。
幕末の偉人であった、山田方谷、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠なども門人であったようだ。維新の志士たちに大きな影響を与えた人物たちだ。
講談社学術文庫の「言志四録」4冊は、川上正光氏の明快な訳とご自身の解釈も含めた解説もあって、大変わかりやすい。若い時の座右の書の1冊だった。  
この本は、今も大切に本棚のいつでも手に取れるところにおいてある。

言志四録の中の言葉で有名なのは、

少くして学べば、則ち壮にして為すことあり
壮にして学べば、則ち老いて衰えず
老いて学べば、則ち死して朽ちず



という言葉だ。
これも、人生を生きる上で、大切な言葉であろう。一生勉強だ。
佐藤一斎のことは、ひところ当時の小泉首相が国会で紹介して有名になったこともあった。

佐藤一斎は、岩村藩という、現在の岐阜県の出身だが、かつて10年ほど前に、そこを訪れた時、家々に、この、佐藤一斎のことばが、大きな板に書かれて掲げられていた光景を思い出す。

明智鉄道の岩村駅だ。












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