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堕落人間が創造目的を完成するためには

2017-08-03 00:00:29 | み言から摂理の進展を見る

「原罪」と言うことがしきりに論議されていいるが、「原罪」と言うことに関連して、原理講論では次のように教えている。


「堕落人間が創造目的を完成するためには、「信仰基台」を復帰した基台の上で、過去に人間始祖が成就し得なかった「完成実体」を成就しなければならない。」(日本語「原理講論」p.280②実体基台より)

「しかし、堕落人間は、どこまでもメシアを通して原罪を取り除かなければ「完成実体」となることは出来ない。・・・・・堕落人間がメシヤを迎えて、原罪を取り除き、創造本性を復帰するための「実体基台」を立てるためには、まずその「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てなければならないのである。この条件をどのようにして立てるかということに関しては、後編第一章第一節(二)において論ずることにする。」

と言うことから「堕落性を脱ぐための蕩減条件」の立て方に付いては原理講論は以下のように記述している。 

「後編第一章第一節(二)実体基台」 より

「堕落性を脱ぐための蕩減条件」は、どのようにして立てるべきであったろうか。人間始祖は、天使長によって堕落し、それから堕落性を継承するようになったので、堕落人間がその堕落性を脱ぐためには、蕩減復帰原理により、次に記録されているように、その堕落性本性をもつようになった経路と反対の経路をたどることによって、蕩減条件を立てなければならなかったのである。

天使長が、神の愛をより多く受けていたアダムを愛することができなかったことによって堕落したので、「神と同じ立場をとれない堕落性」が生じた。それゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを愛して、神の立場にあるのと同じ立場をとるべきであったのである。

 第二に、天使長が、神にもっと近かったアダムを仲保に立て、彼を通じて神の愛を受けようとはせず、かえってアダムの位置を奪おうとして堕落してしまったので、「自己の位置を離れる堕落性」が生じた。ゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを仲保として、彼を通じて神の愛を受ける立場をとることにより、自分の位置を守るべきであったのである。

第三に、天使長は自分を主管すべくつくられた人間、すなわちエバとアダムを逆に主管して堕落したので、「主管性を転倒する堕落性」が生じた。したがって、人間がこの堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルに従順に屈伏して、彼の主管を受ける立場に立つことによって、主管性を正しく立てるべきであったのである。

最後に、善悪の果を取って食べるなという善のみ言を、神はアダムに伝え、アダムはこれをエバに伝え、エバは天使長に伝えて、善を繁殖すべきであった。しかし、これとは反対に、天使長は取って食べてもよいという不義の言葉をエバに伝え、エバはそれをアダムに伝えて堕落したので、「罪を繁殖する堕落性」が生じた。ゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインが、自分よりも神の前に近く立っているアベルの相対となる立場をとり、アベルから善のみ言を伝え受けて、善を繁殖する立場に立つべきであったのである。



これを簡単にまとめると 「カインがアベルを・・・愛して、仲保として、従順に屈服して、善のみ言を伝え受けて、善を繁殖する」となるのであるが・・・

これまで指摘されて来たことであるが、特に日本教会では「カイン」と「アベル」の関係を組織の上限関係と置き換えて、「アベル」=組織の上位者、「カイン」=組織の下位者 として組織の下位者は上位者を「愛し、仲保とし、屈服し、(善の)み言を繁殖する。として、組織への絶対従順を教え込んできた。今なお、そういう傾向が色濃く残っている。

この組織の上位者への絶対従順は、その究極的中心が真のお父様だとしてそこに絶対的忠誠を誓わせてきた。それが今は真のお母様に変えられている。「真のお母様」だけではインパクトが弱いので、それを「真のお母様」=「真の父母様」としてそこに絶対忠誠を尽くそうという論理になっている。

さて、原理講論で教えている「カイン」と「アベル」がそのような関係を意味するものではないことは明白である。

そもそも、カインとアベルは兄弟であって、父母ではない。帰ってカインとアベルが一つになることで父母の位置が確定するものなのであある。

原理講論には「天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを・・」とある。

最近の祝福式においてはどのような教育がなされているのかわからないが、少なくとも初期のころは祝福家庭は子女様をアベルとして子女様が真のお母様の腹中にある時から侍らなければならないと真のお父様から教えられてきたはずである。真の子女様こそが究極的なアベルとして、すなわちアダムの立場で我々堕落人間は神様の愛する立場にある子女様に対して堕落性本性を脱ぐための蕩減条件である、「(アベルである真の子女様を)愛して、仲保として、従順に屈服して、善のみ言を受けて繁殖する」ことが出来れば、堕落性をぬぐ蕩減条件が成り立ち、原罪を清算して「完成実体」になることが出来る。

これが根本的なアベルとカインの原理であろう。

ところが実際には、祝福家庭がアベルの子女様を愛することも仲保とすることも、従順に屈服することも、善を繁殖することもせず、子女様を蔑ろにし、排除し、逆主管をし、悪を繁殖してきたのがまさに統一家混乱の根本原因なのである。

真のお父様は聖和の直前まで「真の子女様を中心として・・」と語られ、祈られたにもかかわらず、それらのみ言はほとんど教会員には知らされず隠蔽し改竄されている。今は「お母様に絶対忠誠を!」と叫びながら、その実、お母様さえ無視しているのである。祝福家庭は知ってか知らずかいずれにせよアベルの立場にある子女様を蔑ろにし、無視し、否定して丁度カインがアベルを殺害したような立場に立っているので、結局堕落性を繰り返すこととなり、メシアを迎えることが出来ない立場に立っているのである。それは結局のところメシアである父母の立場さえ奪うことになっているのである。

 

真のお父様は最後の最後まで「原理をしっかり学ばなければならない」とされて、原理本体論の講義に力を入れておられた。子女様やお母様にも「原理を学ばなければならない」と語られていたと聞く。ましてや祝福家庭はしっかり原理を学んで、ただしく蕩減条件をたてて、祝福家庭としてのあるべき姿を全うして「完成実体」とならなければならないのに、教会組織の誤ったリーダーたちが自らの組織運営のために歪められた原理(原理でない原理)を教えて来たことに惑わされて、とんでもない過ちを繰り返してきていたのが事実である。

いわゆる「原理講師」と言われる人たちも、正しい原理の理解と解釈をしていかなければならないのに、ただただ教会員や信徒を組織に従順に従う人間とするための教育に従事させられてきたのが実情であろう。原理講論は確かに真のお父様をメシアとして証するものではあるが、それとともに堕落人間がいかにして堕落性を脱いで「完成実体」に至るかを教えているものである。その一番重要な部分が忘れ去られ歪められて来たのが実情であろう。これを正していくべきなのが今の時であることは言うまでもないことである。

 

子女様(顕進様)も常日頃から原理の学習の必要性を語っておられる。顕進様を「分派」と教えられてきている教会員たちはつんぼ桟敷に置かれていたかほとんど知られてこなかったが、原理を正しく理解し学んできていれば今日のような混乱は生じえなかったはずなのである。

今はすべてのものがあからさまになる時である。子女様はもうすでに「ゲームオーバーだ!」と語られている。そのことを実感する昨今である。もう一度原理をしっかり学んで無知から知に至ることが問題解決と未来への希望を見出す原点となるであろう。



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