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Day of Hope「希望の日」の到来は間近!

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桜井正実さんの心がけに感銘・・・自ら光り輝く実体となることを目指そう!

2017-03-29 00:34:09 | 統一家の行くべき道

桜井正実さんが 神と共に生きる真なる息子娘として に最新記事

光は必ず顕れるようになるでしょう

という記事を書いています。

 

桜井さんは記事中次のように述べています。

「真実をあかしていくと同時に、顯進様を支持し、顯進様とみ旨の道を共に歩むことを選んだ祝福家庭が、光り輝く実体となり、未だ高額献金の圧迫や間違った組織文化のなかで苦しむ兄弟姉妹たちに希望の道を示すことが最も重要なことであると感じています。」

真理や真実の追求は必要です。しかしそれ以上に大切なことは我々一人一人が天国を建設するもの、光り輝く実体になることですということでしょう。

 

マタイ伝の5章1節~22節 山上の垂訓

最後に桜井さんは、マタイ伝の5章1節~22節 有名な山上の垂訓の一節を引用しています。

桜井さんが引用しているマタイ伝の5章には、イエスの言葉として「あなた方は世の光となり 世の塩となりなさい」と語られています。そして

「あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」(マタイ5.16)との一節があります。


ともすれば人を攻めてしまいがちな我々

 我々はともすれば人を攻めてしまいがちです。様々な理不尽な行為などを見ればついつい批判をしたくなります。確かに批判は必要です。しかし批判だけを繰り返しても、結果は何も生じてきません。

 今国会では森友学園問題が騒がれています。野党追究し続けています。この問題も重要ではあるのでしょうが、今国会で一番必要なことは来年度予算案の審議であり。また安保や経済問題その他に関わる重要案件です。ただただ政府や与党を批判して、総理大臣の責任追及だけをやり続ける野党には国民全体から強い批判の声が上がっています。

 我々は教会の理不尽な行為や、問題には深くメスを入れる必要を感じて、やってきました。確かにそのことは必要です。しかしながらそれ以上に重要なことは、現実世界に引き起こされている重要な諸問題、かつまた自分自身が直面する重要課題にどうこたえていくかが重要です。そして、未来に向かって発展的な道を模索し具体的な取り組みをしていくことが大切です。

真のお父様の歩み

 真のお父様は生涯どれ程の反対や迫害を受け続けて来られたかわかりません。既成キリスト教会の、あるとあらゆる反対や迫害にも「み旨を勧めることが忙しい」と弁明や弁解をすることもせず、ただ黙々とみ旨の道を歩んでこられたのです。さらには共産党や左翼勢力からの迫害にたししても、従順な羊のごとく、アメリカでは不当な裁判の判決によるダンベリーの収監さえも受け入れられて、自らその道に歩んでいかれました。お父様という方は不当な反対や迫害を受けた時、却って積極的にそのことを受容されながら、前進に前進を続けて来られた方でした。

顕進様の歩まれた道

 その息子である顕進様の歩んでこられた道も、全く同様でした。全く考えられないような不当な扱いによって、お父様の後継者の座から引きずり落され、まるで反逆者であるかのごときレッテルを張られ、あらゆる不当な差別と扱いを教会から受けながらも、先に行かなければならないと、南北統一、世界平和実現の道筋をつけるために奔走して来られたのです。人類全体が真の家庭の理想を取り戻す運動を結実させることこそが、神様の願いであり、真のお父様から託された自らの使命であると取り組み続けて来られたのです。

 そしてさらには、それらの不当な扱いをしてきた、家族や教会幹部たち、彼らに盲目的に追従して来た教会員たちに対しても、それら過去の非を責めることをせず、彼らが共に神の国に入ることが出来るように心を砕き、門戸を開けて待ってくださっているのである。

 

顕進様を支持し従おうとするならば

 その顕進様を心から慕い、心から従って行こうとするものならば、これまでの教会の不法や間違いを糾弾することも必要だが、そのこと以上に未来に向かって大きく手を広げて、建設的歩みに前進していくことが求められているのではなかろうか。

 世の光になりえなかった過去の統一教会の過ちを繰り返すのではなく、世の光、地の塩になる心がけで日々自らを磨く心がけが必要なのではなかろうか。

 そういう意味から、今回櫻井正実さんのブログ記事は深い感銘を覚える記事だった。

 

勿論批判は必要ですが

 勿論、真実を追求し、真相を明らかにしながら、もしや教会やその幹部たちに不法や不当な行動があれば、それを批判したり、改善を要求していくことはこれまでは必要であったし、これからも必要だと思う。しかし、それは相手を排除したり、排撃をしたりという意味ではありません。

 これまで誤った歩みをしてきた、幹部たちさえも我々は赦し抱擁して、共に手を携えて歩む兄弟であり、家族の立場にひきかえらせていかねばならないのである。そのことの為には我々自体のなかによりあ大きな愛を醸成していく課題が残っている。日々の歩みを通して寛容と忍耐の心を育みさらにはより大きな希望に向かっていく熱い思いを育てていくことが必要なのではないでしょうか。

 だからこその日々の訓読や祈祷、そして毎日の実践の歩みが求められているのだと思います。深く自らを省みながら瞑想する時も必要かもしれません。そして我々自身の心を、魂を光り輝かせていくことが大切なのだと思います。

  

 

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コメント (2)   この記事についてブログを書く
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2 コメント

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天地の差 (Go)
2017-03-30 05:14:40
いつも批判ばかりしているこすもすさんとは違いますね。こういうかただとじぶんが3男派でなくても尊敬します。
実体となりましょう! (櫻井正実)
2017-03-30 20:34:15
共感して記事を書いて下さりありがとうございます

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