かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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渡辺松男の一首鑑賞  47

2013年10月13日 | 短歌1首鑑賞
                 【からーん】『寒気氾濫』(1997年)35頁
         参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
         レポーター:鈴木 良明 
         司会と記録:鹿取 未放


81 ドッペルゲンガー花木祭に光(かげ)を曳き知らざれば笑みてすれちがいたり

(レポート)2013年10月
 ドッペルゲンガー(二重身)には、次の三つがあるそうだ。①自分とそっくりの分身、②自分がもうひとりの自分を見る自己像幻視、③同一人物が同時に複数の場所にあらわれる現象。この体験をした芥川龍之介は、帝劇と銀座で自分を見かけたと言っているから、たぶんこれは①のケースだろう。それに対して本歌では「知らざれば」とある。すれ違った人をもうひとりの自分(姿かたちが似ていないので知らない人だが確実に自分だ)のように幻視した②のケースだろうか。あるいは二重身の存在はありそうだがまだ出会ったことがないという意味か。いずれにしても「光を曳き」すれちがう映像的なシーンが、ドッペルゲンガーをより一層リアルに感じさせる。


(記録)2013年10月
 ★渡辺さんが芥川龍之介のようにドッペルゲンガーを体験したかどうかは分からないけれど、ド
  ッペルゲンガーそのものを歌にしたかったんだろう。(鈴木)
 ★賑やかな花木祭ですれちがった人が、あああれは自分だったっていうのかなあ。その時は自分
  と知らなかったからほほえんですれちがったんだけどと。何でその時分からなくて後でわかっ
  たんだろう?(鹿取)
 ★どの程度ドッペルゲンガーとして思ったのか、よく分からない。自分とそっくりだったら出会
  ったとき分かるよねえ。(鈴木)
 ★不思議な歌で、魅力的な歌ですねえ。精神の病気で見えるということはないんですか?(鹿取)
 ★レビー小体が侵されると幻視が起こることがあるらしい。でもなぜ見えるか本人が納得すれば
  見えても気にならなくなるらしい。(鈴木)
 ★まあ、ドッペルゲンガーを作者が体験したかどうかはどっちでもよくて、この歌謎はあるけど
  明るいですよね。花木祭でさまざまな色がイメージできるし。(鹿取)


(追記)2013年10月
 渡辺さんには、掲出歌の他にもドッペルゲンガーを扱った歌がある。

   山火事のごとく踊るよばんばらばんドッペルゲンガーばんばらばんばん 『泡宇宙の蛙』
   わたしはわたしと擦れ違ったから明日死ぬ 空中にある青い眼球 『歩く仏像』

 そこで不確かな情報源ではあるが、ネットでドッペルゲンガーを調べてみた。レポーターのあげている3種類に分類すると、渡辺さんの掲出歌と『歩く仏像』の歌は「自分がもうひとりの自分を見る現象」(=自己像幻視)のタイプか。自己像幻視はボディーイメージを司る脳の分野に腫瘍ができると起こることがあるらしい。古くから「自分に出会ったらまもなく死ぬ」と恐れられていたが、死因は脳腫瘍だったのかもしれない。また偏頭痛でも自己像幻視は起きるそうなので、必ずしも自分に会ったら死ぬわけでもない。芥川のケースは頭痛持ちだったからドッペルゲンガーが起きたのではないかと考えられているようだ。しかし19世紀のフランス人の教師サジェという人は、教室と外の花壇に同時にいるのを40人以上もの生徒によって目撃されたそうなので、脳腫瘍や偏頭痛では説明がつかないケースもまれにあるらしい。
   
 ちなみに私もかつて入眠時幻覚を毎夜経験したし、今でも頭が疲れたり、眠る時間が遅く(およそ午前2時以降)になると入眠時幻覚をみることがある。自分の寝ている枕元へ、だいたい人間が来るのだが、来るのは気配で分かるし、締め切ったドアや窓からすーと入ってくる。息づかいから衣擦れの音までものすごくリアルだ。しかもこの幻覚、生きている人のこともあれば死んでしまった人も現れる。
 幻覚ではないが、二十歳の頃、夢で死んでいる自分を眺めている場面を見た。京都風のコの字型の廊下が取り囲む坪庭の木に、縊死した自分がぶら下がっていた。それを廊下から他の家族と共に眺めているのだ。夢の中でその状況をそれほど恐いとは思わなかった。目覚めて考えてみると夢の家も、夢に出てきた家族の顔も見たことのないものだった。四十年以上経った今でもこの夢のことはよく覚えている。

   床(とこ)の間(ま)に祭られてあるわが首をうつつならねば泣いて見てゐし
                     『植物祭』前川佐美雄

 生きている自分にはまだ会ったことがない。(鹿取)
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