かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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ブログ番 馬場あき子の外国詠 326(トルコ) 

2018年04月28日 | 短歌の鑑賞
 ブログ版馬場あき子の外国詠44(2011年10月実施)
   【コンヤにて】『飛種』(1996年刊)P146~
   参加者:泉可奈、K・I、N・I、崎尾廣子、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:T・H    司会と記録:鹿取未放

326 木ぞ一つ立てると見ればアナトリアを耕せる家族暗くまどゐす

     (当日意見)
★曽我さんのレポートにある316番歌に関連して読むとよく分かる。コンヤは古い宗教都市であ
 る。(藤本)
★豊かでないアナトリアで田畑を耕し、宗教に支えられて暮らしている。(慧子)
★アナトリアを耕す過酷さを言っている。(崎尾)
★宗教画のようだ。(鹿取)


     (まとめ)
 ミレーの宗教画を思い出した。一本の木の下に集まって憩いをしている情景は静かだ。家族で一塊になっている姿が孤立しているようで「暗く」見えたのかもしれない。夕暮れだったかも知れないが、「暗く」はあくまで精神的なものであろう。一本の木を詠うことによって、かえってアナトリアの大地の広さが見えるようだ。
 藤本さんの意見にある曽我さんの316番のレポートを参考にあげておく。(鹿取)

 「316 神は偉大なりといひて瞑想に入りしとぞアナトリア大平原の寂寞」 
      (レポート)
 アナトリア平原の過酷なありようも全て偉大なるアッラーの神の思し召しと考え、「よろしゅうございます。何事も神の思し召しのままに……」と静かに黙って受け入れたアナトリア大平原とそこに住むイスラムの人々の宗教観の強じんさと哀しみが詠われている。(曽我)



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