かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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渡辺松男の一首鑑賞  23

2013年08月29日 | 短歌1首鑑賞
   
                   『寒気氾濫』(1997年)橋として24頁
                   司会と記録:鹿取 未放

52 まなうらに日照雨(そばえ)降らせておりたれど核廃棄物輸送船過ぐ


(記録)2013年6月
 ★単純にいいますけど、日照雨が降るように核廃棄物輸送船がいとも軽やかに過ぎていく、とい
  う歌かなあ。文明批評の歌と読んだ。(渡部慧子)
 ★「まなうらに」というところはどうですか?ここでは日照雨が降っているとは言わず、まなう
  らに日照雨を降らせているとありますが。(鹿取)
 ★すみません、分かりません。(慧子)
 ★外に日照雨が降っていて、それを見ていて目を閉じたからまなうらにその残像が残っている、
  とも考えられますが。でも実際には降っていないけど、まなうらにだけ降らせているのかも知
  れないし。日照雨ってお日様が照っているのに降っている雨のことかと思っていたら、辞書に
  はあるところだけ降っている雨って出ていました。下の句の核廃棄物輸送船はいろんな人が歌
  にしていて、私も歌ったけど、たぶん目撃して作っている人は少なくて、そういうものが航
  行していることはみんな情報として知っているので、それで作っているのじゃないか。レポー 
  ターは【この上句から「輸送船」の積み荷が「核廃棄物」であると見極めるまでには一瞬のと
  まどいがあったのであろう】と書いているが、私は渡辺さんも核廃棄物輸送船を目撃したとは
  思っていない。過ぎていく様子を思い描いているのだろう。まなうらに日照雨を思い浮かべて
  いたけれど、次にはそこを核廃棄物輸送船が通っていったよ。つまり核廃棄物輸送船が過ぎて
  いくのも現実ではなく、まなうら。まあ、実際には、はるかはるか彼方を過ぎていく輸送船
   の反映なのでしょうけれど。
   だいたい核廃棄物輸送船って5000トンくらいの小さくて地味な船ですよね。核廃棄物をガ
  ラス固化体ってよく分からないけど、そういう状態にして輸送するらしい。接岸している港を
  見にいったら別だけど、普通、素人にはあっ、あそこに核廃棄物輸送船が通っていくって分か
  らないのじゃないの。(鹿取)


(レポート)2013年6月
 自然が創る不思議な光景を「まなうらに」浮かべている。幻ではあるが自然と一体になっている作者が見えてくる。この上句から「輸送船」の積み荷が「核廃棄物」であると見極めるまでには一瞬のとまどいがあったのであろうと思われる時間が伝わってくる。「まなうら」のひらがなから始まるおだやかな表現の上句ではあるが、逆に原発のあやうさが浮かび上がっている。「核廃棄物」が生まれつづけている怖さを「過ぐ」から感じ取る。(崎尾廣子)


(追記)2013年8月
 日照雨は、広辞苑で「日光がさしているのに降る雨」と出ている。6月には何か勘違いしていたらしい。申し訳ありません。日照雨が実際降っていたかどうか、とか核廃棄物輸送船を実際見たかどうかとか、渡辺さんの歌を読むのにおかしな議論をしたものだ。(鹿取)
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