かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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渡辺松男の一首鑑賞  45

2013年10月11日 | 短歌1首鑑賞
                 【からーん】『寒気氾濫』(1997年)35頁
         参加者:崎尾廣子、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
         レポーター:鈴木 良明 
         司会と記録:鹿取 未放


79 空間へ踏みいりて出られなくなりし一世(ひとよ)にてあらん  紙を切る音

(レポート)2013年10月
 結句の「紙を切る音」がこの歌を深遠なものにしている。「紙を切る音」は、誰かが、その空間の一角を切り開いていく音として暗示されており、その音によってこの空間の存在、その外側の存在、紙を切ったものの存在が強く意識されてくる。そして、この空間とは、単に、大気圏といった狭い意味ではなく、ビッグバンによって拡がった宇宙全体に及ぶものであり、その誕生の謎にまで思いを馳せさせる。

 
(記録)2013年10月
 ★「紙を切る音」が効いていますよね。(鹿取)
 ★ただ、この空間といった場合、宇宙全体を思い起こすのではなく、もっと形而上的に別の空間
  というのかなあ、それを考えた方が面白いのかなあという感じもしている。空間というひとつ
  の閉ざされた形而上的なもの。そこから紙を切る音が出てくるので。それが精神的なものなの
  か認識の問題か分からないけど。科学的な空間よりもそういった認識の壁って考える方がおも
  しろいのかな。ある人はもう紙を切っているかもしれないんですよ、認識の空間を飛び越えて。
  でも自分を超えるなんってその一つの空間を超えていることになるし。まあとにかくレポート
  なので一応分かりやすい形で書いてみたんですけど。(鈴木)
 ★空間から出ちゃった人というのは、今の話では悟りとかそういうことなんですか?(鹿取)
 ★そうでもなくて、ひかりの向こう側というのと同じような。でもこの歌、実感として分かる。
  紙を切らないと閉じこめられているという意識は出てこないんですよね。(鈴木)
 ★そうですよね。閉じこめられて出られない一世というのはある程度の人が言えそうだけど「紙
  を切る音」は渡辺さんにしか出てこない。そしてここが言えないと歌にならない。でもこれは
  難しい歌ですよね。(鹿取)
 ★先に紙を切った人の存在を暗示する歌ではないですかね。(曽我)
 ★後先とかはあまり関係ないように思います。誰が紙を切って真っ先に空間を出るか、というよ
  うな競争ではないと思います。現実には奥さんが紙を切る鋭い音が響いてきたのかもしれない。
  そこからはっとなって、一字空きより上の部分の認識が瞬時に脳裡をかすめた。ダリの夢の絵
  みたいに遡って。(渡辺さん、ダリは嫌いみたいですけど。)でも、できあがった歌では、「紙
  を切る音」は形而上的なものとして鋭く作用している。また、「踏みいり」と自発ですから、
  生み落とされて否応なくどの人間も閉じこめられている、そういう空間でもなさそうですね。
   (鹿取)


(追記)2013年10月
 次の一首は、掲出歌と同じ行為という以上の関連性があるように思われる。

    紙やぶる音ぴっとして冬ふかし配偶者すこし哲学をする  『泡宇宙の蛙』

(鹿取)
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