かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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馬場あき子の外国詠82(スペイン)

2015年10月27日 | 短歌一首鑑賞
  馬場あき子の外国詠9(2008年6月)
      【西班牙 2 西班牙の青】『青い夜のことば』(1999年刊)P55
       参加者:N・I、M・S、崎尾廣子、T・S、藤本満須子、T・H、渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:藤本満須子
      まとめ:鹿取未放


82 静かの海のさびしさありてマドリッドのまつさをな虚にもろ手を伸ばす

      (レポート)
 空路マドリッドに到着したときの歌だろうか。地中海だろうか。はたまたロカ岬からマドリードへの空路、大西洋であったかもしれない。「静かの海のさびしさ」はやはり地中海を見たときの気持ちだろう。3句、4句は抽象的な表現であるが、マドリッドの空をうたっているのだろうか。「まつさをな虚」にこの歌の眼目があると思われるが、「虚」という言葉の指すものは何だろう。歴史も含めて作者の感じているものだろうか。(藤本)


      (発言)
★自分の心の寂しさをいっている。(慧子)
★「静かの海」は、月にあるへこんで見える部分の名称です。(鹿取)


      (まとめ)
 月には「静かの海」以外にもたくさんの〈海〉が存在する。「まつさをな」とあるからこの場面は昼であるが月は見えているのだろう。虚空のことを81番は「空」と表記し、82番のこの歌では「虚」と表記されている。この「虚」、「そら」と読むのか「きょ」と読むのか不明だが、意味は「虚空」である。「静かの海」を抱えた月を浮かべる虚に向かって「もろ手を伸ばす」ときの思いとはどういうものであろうか。「空」ではなく「虚」であるところに特別な思い入れがあるのだろう。そう考えると単純に旅の途次にあるさびしさのみをいっているのではないだろう。西洋思想に呑み込まれてしまいそうな湿潤な東洋思想のことを思っているのだろうか。それともそれらを飛び越えた生や命ということに思いを馳せているのであろうか。(鹿取)

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