かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

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渡辺松男の一首鑑賞 97

2014年06月10日 | 短歌一首鑑賞

【Ⅱ ろっ骨状雲】『寒気氾濫』(1997年)58頁
                      参加者:四宮康平、鈴木良明、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
                       レポーター:渡部 慧子
                      司会と記録:鹿取 未放


130 夕焼けの赤を映せるプール出でなまもの父は濡れておるなり

         (レポート)(2014年5月)
 翌日の晴天の印である夕焼けの赤く染まるプールから父は出てきた。まるでとりたての魚のように「なまもの父」といい、更に「濡れておるなり」とは新鮮な感じ、生命は海で生じ、陸へあがったもの、そのままのものがある。掲出歌は、プールの中で、父となったものが、出てきたように感じられる。そして壮年の旺盛な父を思わせるべく、上の句は赤のある景。(慧子)


           (発言)(2014年5月)      
★なまものって、生臭いという感じではないでしょうか。(曽我)
★夕焼けの赤との関係で、生命が海から生じたという背景があってもいいのかなあと。ただ生臭さ
 は確かにありますよね。(鈴木)
★出版記念会の折、岩田先生がこの歌を選んで評されましたね。どのように良いかは、すみません
 覚えてないけど、誉められましたね。(鹿取)
★129番歌に比べて大きいところから見ていますね。スケールが大きいから説得力がありますね。
 (鈴木)
★なまもの、という単語だけ見るとネガティブな印象があるんですけど、作者は父親という対象に
 対して肯定、否定両面を持っている。家族の誰に対しても両面あると思うけど。(四宮)


(まとめ)(2014年5月)
129番歌同様赤が効果的に使われた歌。斎藤茂吉の『赤光』の赤は有名だが、坂井修一さんにも意識的な赤の使用が認められる。躍動感やなまなましさや毒々しさ、赤には様々なバリエーションがあるが、そんな赤に詩人は惹きつけられるようだ。(鹿取)

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