かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 1の46

2020-07-02 19:47:20 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究 5(13年5月) 『寒気氾濫』(1997年)橋として
          参加者:崎尾廣子、鈴木良明、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター  鈴木良明
             司会とまとめ  鹿取 未放


46 影として霞ヶ関の上空を月のねずみは過ぎてゆきたり

         (レポート)
 霞が関といえば東京千代田区の桜田門から虎ノ門にかけての官庁街。国の行政枢要機関が並ぶ。本歌は、この上空を影として月のねずみが過ぎていった、と詠む。何のことだろう。月は前首を受けてぶよぶよの月だが、そこのねずみとは、作者自身ではないだろうか。作者は、地方自治体の職員として、霞が関の所管官庁を訪れ、担当の仕事について意見交換をしたのではないか。大きな実りがあれば実在としてのねずみを実感できるが、そうでないと影のような存在としてゆき過ぎたことになる。(鈴木)


       (意見)
★月のねずみって、このレポートのようなことでいいのかなあ。(鈴木)
★月に兎がいるっていいますけど、ここでは月にねずみが住んでいて、そのねずみ
 が乗った月が、鬼や蛇や暗黒のもろもろが蠢いていると一般に思われている霞が
 関の上空をひょうひょうと過ぎていったというのが面白い。もちろん含みはいっ
 ぱいあるし、霞が関に叱られにゆくという歌もあったので、実際には役人として
 霞ヶ関の担当者と事務上の打ち合わせをしたり、命令を受けたりしたこともあっ
 てそれを反映しているのでしょう。確かに「影として」だから、面談の成果が上
 がらなくて、ただ影のように通り過ぎただけという解釈も成立しますけど。
    (鹿取)
   
      (後日意見)
  鹿取発言中の「霞が関に叱られにゆく」は次の歌。
    はるばると書類は軽く身は重く霞ヶ関へ叱られに行く『寒気氾濫』
46番歌もこの歌も表記は「霞ヶ関」となっているが、中央省庁の代名詞として使う場合は「霞が関」が正しいそうだ。省庁のある地名も「霞が関」だが、なぜか東京メトロの駅名は「霞ヶ関」。(鹿取)



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