かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 112

2020-10-29 17:39:48 | 短歌の鑑賞
   ブログ版 渡辺松男研究13【寒気氾濫】(14年3月)まとめ
      『寒気氾濫』(1997年)48頁~
      参加者:崎尾廣子、鈴木良明、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:崎尾廣子 司会と記録:鹿取 未放
          
112 みはるかす大気にひかる雨燕にわたくしの悲は死ぬとおもえず 

        (レポート抄)
 鳥の中で最も空中飛行に適した形をもつ(言泉・小学館)とある雨燕の特徴が「大気にひかる」で捉えられている。「わたくしの悲」は静謐であり人生の本質を詠っている。(崎尾) 

        (発言)
★「ひかる雨燕」と「わたくしの悲」はイコールじゃないかと思いました。そして「ひかる雨
 燕」はとても愛しいものに思えたのでそれが死ぬとは思えなかった。(慧子)
★僕も慧子さんと同じような意見です。普通は死って強いマイナスの言葉だけど、この場合だ
 とこ の悲しみはとても深いものがあって、レポーターが人生の本質みたいなものだと言っ
 ているけど そんなものに繋がる感じ、永遠に残るような悲。(鈴木)
★私は雨燕とわたくしの悲は同じとは思えない。雨燕を見ながら私の悲は小さいものだと思っ
 ているのかなあ。(藤本)
★私は最終的には雨燕と「わたくしの悲」は同じでもかまわない。遠くの方で飛んでいる雨燕が
 光って見える。その雨燕は生へのあこがれとかいとおしみとかを呼び起こす。そして「死ぬと
 おも えず」といっている「わたくしの悲」はそんなに嫌なものじゃなくて、この「悲」と共
 に生きていくんだというわりと昂揚した気分かなあと。もうひとつ核心がつかめない気もする
 んだけど、大好きな歌です。(鹿取)
★この悲って両方とれるんですよね。いとおしいという気持ちと、この悲をなくしたいという気
 持ちと。次の歌を読むとこの悲は「濁りのかたち」のようにも思えてくるし。でもこの悲をな
 くしたいという歌だとつまらないし。(鈴木)
★確かに次の歌は「濁りのかたち」だから。でも112の歌に限っていうと、雨燕を見てとても
 浄化された気分になっているように思えます。見て、といってもやっぱり対象化しているのと
 は違うので、そういう意味で慧子さんのいうように燕イコール私でもかまわない。(鹿取)



コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 清見糺の一首鑑賞   79 | トップ | 渡辺松男の一首鑑賞 113 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

短歌の鑑賞」カテゴリの最新記事