かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 1の48

2020-07-04 17:23:09 | 短歌の鑑賞
 渡辺松男研究 5(13年5月) 『寒気氾濫』(1997年)橋として
          参加者:崎尾廣子、鈴木良明、渡部慧子、鹿取未放
          レポーター  鈴木良明
          司会とまとめ  鹿取 未放


48 表層を皮剥けばまた表層の表層だけのキャベツが重い

         (レポート)
 キャベツも葱とおなじように、芯がない。表層を剥けば表層があらわれて、剥けども剥けども表層がでてくる。結局、たどり着いたところには何もない。しかし、何もない、表層だけのキャベツがずしりと重いのである。不思議であるが、実感である。(鈴木)


      (意見)
★キャベツの歌は前にも作っていた。この歌は単に事実を言っている。(鈴木)
★前の歌(組織へとひっそりと沈みはじめしがぬらぬらとやがて見えなくなりぬ)
 から読むと、組織べったりになった人間の、どこまで剥いても中身がない、誰と
 でも取り替えがきく気味悪さを言っていて、だからこそ組織全体としては重い。
 人間性を失った組織体に対して違和感とか嫌な感じを歌っている。前の霞が関の
 政治家も同じかも。ただキャベツを人間に例えているとかいうと歌の幅が狭くな
 ってつまらない。あくまでキャベツの歌なんだけど、こんなふうな揶揄としても
 読めるよね、ということ。(鹿取) 


コメント
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