こたつdeみかん

みかんの国産まれの吾輩が綴る八百八町江戸日記

吾輩、東欧ぶらり旅 の巻(10)

2005年04月07日 | 旅~ゆけ~ば~
【Round15:ウィーン偵察】

吾輩が最初に着いた東欧の国であり、かつ最後に訪れる事になった国オーストリア・ウィーン。

吾輩が行きたい国に長らくノミネートされていた。なぜか?
世界にその声望高きウィーン美術史美術館とベルヴェデーレ宮殿があるからである。
数百年に渡り欧州に覇を唱えたハプスブルグ家が集めに集めた芸術コレクションが鎮座している。

吾輩を知る人間に聞かれたら笑われそうだが、実は美と芸術をたいそう好む男である。
先だってフランスへ行った折の事。ルーブル・オルセー・オランジュリーと行くつもりだったのだが、ルーブルは定休日/オランジュリーは改装中と言う事で、大きいトコはオルセーにしか行けない事に・・・"その瞬間は"不満を感じたものだ。
だがオルセーのあまりの巨大さと所蔵量に面食らった。行った事があれば分かると思うがオルセーのみで既に到底回りきれるサイズではなかったのだ。いやはや欧米人の蒐集熱とは恐ろしい。
その学習もあり、今回吾輩は美術館以外に時間を割く事はつもりはない。残った2日、缶詰めになれば、存分に見られるはずだ。

毎度思うのだがEU加盟国は国境通過が楽でよい。世界中EUに加盟してしまえばよいのに。バスを降り電車を乗りついでホテルへ向かう。吾輩のホテルは遠すぎてCityMapに載ってなかったりする。終電逃したら歩いて帰るという訳には行かない距離、ちと不便。

荷物を置いたら即出動である。だが既に20時を回っており美術館は閉館しておる。ここを吾輩は市内観光に充てる。無駄の無い行動である。

ウィーンの町をイメージして貰おう。
例によって都市中心部には協会(聖シュテファン寺院)があり、リンク(昔の城壁・現在ウィーン中心地を囲む環状道路)が走る。
リンクに囲まれた1区と呼ばれる地域には、歴史的建造物が多く保存されている。そこから放射状に道が伸びそれに重なる波紋のように丸く道が走る。
北にドナウ川が流れ、町並みからちょっと離れた所でウィーンを囲むように深い森が広がっている。シュトラウスのワルツでも有名な「ウィーンの森」だ。
山手線のように大きくぐるり一周路面電車。こいつに乗ればウィーン市街の見応えある建築物がほぼ網羅可能。都市内の交通費が安い。1週間地下鉄/バス/路面乗り放題券で1000円程度。
吾輩はリンク沿いに走る路面電車で右回り。乗り放題券ゆえ途中下車しまくり夜のウィーンを闊歩する。
整備が行き届いてとても散策しやすい。小汚い東京ラビリンスとは大きな違いである。

市立公園⇒フォティーフ教会⇒ウィーン大学⇒ウィーン市庁舎⇒国立オペラ座⇒自然史博物館⇒美術史博物館⇒聖シュテファン寺院
夜景を楽しみながら、街の作りを体で確かめる。前述したように、実際動く時に便利が良いのである。
飯を食ってホテルに帰った。



【Round16:クリムト参りとウィーンの森散歩】

翌朝、ベルヴェデーレ宮殿へ向かう吾輩は、ついでにシェーンブルン宮殿に立ち寄った。朝の時間も無駄には使わんのである。
ハプスブルク家の夏の離宮であるこの宮殿、1000室以上あるらしい。面白い事にあまり廊下が無く、部屋と部屋が直結しておる。次の間・次の間といった塩梅だ。
また、一部屋毎にテーマが決まっており、漆器で出来た部屋やら陶器で出来た部屋やらユニークな作りだ。

他の家族と並んで、マリー=アントワネットの幼少期の肖像があった。
多少美化されてる分を差し引いてもガキンチョの時分にこれだけ可愛いのであるから、花の盛りにはさぞや美しかった事であろう。

ベルヴェデーレ宮殿へ向かう。上宮・下宮に別れており、間には庭園が広がる。
吾輩が行った折は、宮殿上部の彫刻据付工事をしておった。いんちき英会話によると、彫刻を洗浄・修復していたのだそうな。
排ガスと酸性雨の為に大理石の彫刻が黒ずみ・腐食してしまうのだ。げにMotorizationとは罪なもの。

さてグスタフ=クリムトである。ここの上宮にはクリムト作品がずらりなのだ!
吾輩お気に入り+ご存知の「接吻」を始め、「ソーニャ・クニップス」「水蛇I」「アデーレ・ブロッホ=バウアー」「ヴィオレットの帽子」「アッターゼーの風景画」・・・と、趣味の世界へ逝ってらっしゃいといった風情である。ぬぁああ。とはいえ、多分分からんだろうから深くは書くまい(笑)
「言葉は多くの場合、真実を隠す事しか出来ない」昔の人が言ったとか言わないとか。こういうものは見ないと分からん。

市電に乗って北へ北へ。
グリンツィングにて下車、バスに乗ってKahlenberg山頂を目指す。
ここはシュトラウスのワルツ「ウィーンの森の物語」でも有名な"ウィーンの森"。
山頂には展望台があり、ウィーンを一望する事ができるそうな。

んが、疲れていた吾輩は車中居眠り。慌てて起きて、違うバス停で降りてしまった。Kahlenbergの2つ手前。時間もあるし天気も良い。原っぱがあったので寝転がる。ここからでもウィーンを一望できた。ここはここで良い。

Kahlenberg山頂に到着、展望台に登る。なるほどウィーン一望だ。んがちとガスっぽくなってる。先刻の方が綺麗であったな。
今日のミッションは完了である。せっかくだし、グリンツィングまで歩いて帰った。

吾輩、東欧ぶらり旅 の巻(9)

2005年04月07日 | 旅~ゆけ~ば~
【Round13:BEER!ビール!麦酒】

ご存知の通り、チェコと言えばビールである。
ちなみに吾輩、そんなに酒が好きという訳ではない。お茶と牛乳の方が好きである。
だが、海外となると話は別である。水道水はまずアウト、ジュースは変な色で甘すぎるし、ミネラルウォーターは高い上にミネラル強すぎておいしくないし冷えてない事も多い。
という事で、吾輩どこへ行っても安くて冷えているビールを飲料水代わりにしている。吾輩にとってビール程度のアルコール度数は水同様の為、酔っ払う心配も無い。

さて、バドワイザーというアメリカのビールを知っているだろうか?
あれの元祖が"ブドバイザー・ブドゥバル"というチェコ製のビールである。
立ち寄ったBARで隣の客から聞いた面白い話を教えよう。
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むかーしむかしのことじゃった。あるところにビール会社があったとさ。
自慢の商品"ブドバイザー・ブドゥバル"はチェコでは大人気、世界展開を狙ってアメリカへと進出した。
ところが、その時の協力会社が"ブドバイザー・ブドゥバル"の製法をコピーして"バドワイザー"と銘打って販売したところ、世界的大ヒット。
"ブドバイザー・ブドゥバル"を英語読みにしただけの商品名・製法もほぼコピー・しかも大もうけ。
ビール会社はたいそう怒って商標権侵害で訴えた。

長ーい長い裁判の後、「ヨーロッパに"バドワイザー"を輸入してはならぬ」という大岡裁きが下った。
こうして、ヨーロッパは"ブドバイザー・ブドゥバル"、それ以外の全世界は"バドワイザー"という住み分けになったそうな。
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ともあれコピー商品が世界を制覇してしまったという哀愁漂うビールなのである。

ブドバイザーの他にもピルスナー・ウルクェルや他の地ビールもたくさんある。
つまみのソーセージが安くて旨いので、酒が異様に進んでしまうのは玉に瑕であるな。
アメリカのビールは『ビールの水割り』不味くて飲めたものではないが、吾輩、チェコのビールは好きになったのう。


【Round14:書き割りの街とビール醸造所】

さて、プラハを離れた吾輩、バスで一路オーストリア方面へ。
国境近くのチェスキークルムロフという町で下車した。

オレンジ色の屋根の連なるこの町並みは世界遺産に登録されているそうである。
吾輩、すっかり世界遺産めぐりであるな、今回(笑)
町は非常にこじんまりとしていて、2時間もあれば全て巡れるサイズである。

この町でおもしろかったのは、建物の装飾。
遠くから見ると、建物に立派な装飾があるように見える。
だが近づいてみると、なんとそれは壁に描かれた絵なのだ。
丁寧に陰影を付けて起伏を表現しているばかりか、手の込んでいる事に彫像まで絵である・・・セコッ
これは王宮でも同様、いやむしろ悪化(笑)
王宮の門の横の堀の中には、なぜだか巨大な熊がいる。
ヒグマかグリズリーか?ともあれ巨大。ゴロゴロ転がっているからアレは絵ではなさそうだ。

これは、ルネッサンスの影響らしい。
当時ここを治めていた貴族がルネッサンスにひどく憧れて、町をルネッサンス様式にすべく開発を始めた。
しかしメディチ家ほど莫大な財がある訳ではなく、資金に困窮。
ルネッサンスへの思いを捨て切れなかった彼は、「それっぽければまあOK(≧∇≦)b」という事でカキワリにすることを思いついた。
こうしてカキワリだらけの町が出来上がった。それがいつしか世界遺産登録されるのだから面白いものだ。
日本各所にあるトンでもテーマパークも、300年くらい経てば世界遺産になるのかも知れんな。

さて、日本ではゴロゴロするのが好きな吾輩だが海外では異様に健脚、まして小さな町である。一時間そこらで町を巡り通してしまった。
ここへ来たメインディッシュへ向うとする。

もともと来るつもりは無かったのだが、プラハ以降の予定を立てる為の情報収集の中で、気を引くものがあったのだ。
ここチェスキークルムロフは世界遺産である。なおかつ、冒頭の話にも繋がるのだがここにはエッケンベルガーというビールの醸造所があるのだ。500年前からあるとかなんとか。
世界遺産だし、ビール工場もあるし、と言う事で来た訳だ。

ビール工場は町の北西端にある。
町中は例によって観光客はウジャウジャであったのだが、工場周辺に観光客然とした者は誰もいない。ちと離れてるから観光コースには入ってないと言う事であろう。
せっかくなんだから飲んでいけば良いものだが、吾輩にとっては好都合である。
だが、工場の外見はボロボロで廃屋と見紛うばかり。壁崩れてるし、窓割れてるぞ・・・大丈夫か?
しかし窓の向こうには機械と蛍光灯、機能はしているらしい。

建物に入ってビアホールへ直行。エッケンベルガー13%を注文した。
『13%』吾輩は最初ラベルに書いてあるこの数字を見て『アルコール度数』だと思い、凄いビールもあるもんだと感心しておったのだが、実際13%というのはバリング指数と言うもので、元となった麦汁の糖分濃度を表す。
さてお味の方は・・・ムウ・・・旨い・・・とても旨い。吾輩、普段ビールを旨いと思ったことあまり無いのであるが、これはおいしかった。
客はまばら。新聞読みながらビール飲んでるおっさんが3・4人いるだけの店内。店員も手持ち無沙汰なのか、談笑している。平和である。
吾輩もサッカー中継を見つつ、しばし飲んだくれた。

バスでウィーンへ。