日々の疑問を語る。離れの館

ヤフーに同名の題名があったが無くなってしまった。はなれ版のつもりだったが。。 ツウィッターは「反哺の孝あり」で参加中。

JOJO第四部・五部・六部と宮沢賢治・福井謙一・河合隼雄と本質・認識・思考

2015-08-17 23:46:01 | 日記
 本質とは何だろうかという思いを抱えている時に、ジョジョの奇妙な冒険第5部と宮沢賢治の銀河鉄道の夜というものをみた。不思議な事にこれが繋がっている。まるでプッチ神父の螺旋階段の天国の時の様に14の言葉の様に(微笑)元の源流は前述したものなのかもしれない。


銀河鉄道を追ってみるとこれも不思議なことに彼の考えと思想と同じなのである。思考のパターンは福井謙一と同じで。憧れるのは河合隼雄だが(微笑)


宮沢賢治の作品は彼と後から気付いたが思想は同じである筈なのにどうも彼の作品だけは読みにくい。昔から感じていたことである。字面だけをいつも追っている気になる。こういうのが国語の授業の時間で取り上げられるのを楽しみにしていたのを覚えているが結局何を言っているのか話していることは分かっても、内容が自分の心の中に入って来ないという事を繰り返していた。その内段々と避けるように成って行ったような気もする。


これが考えなくなると謂う事なのかもしれないな。段々とって奴か。逆に何故そうなのかということを考えなければいけなかったのかも知れないな。それが中学の時に国語の勉強をしてたけど、数学の先生に止められた理由だったか。それは仕方がないのかもしれないな。前述した今回の問題とした本質とは何だろうかという問いに関係する事なのだから。



井筒俊彦の本質っていう本をもう一度挑戦してみようかな・・。難し過ぎて前は読めなかったんだよな~。あの感覚は昔初めて読んだ時の劇文の感覚に似ているんだよなぁ。



蛇足 荒木飛呂彦はもしかして、宮沢賢治のファンなのかな?ジョジョ第四部でも注文の多いっていう作品出たもんなー。

蛇足 珍しくテーマらしいものが書けたな(微笑)
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