団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★★昭和天皇の決断

2018年08月15日 | 国体・皇室・シラス

  日本が原爆の開発を終えていたという話がネットにありますが、どこまでが本当なのかは分からないのじゃないでしょうか。

  とは言え、開発が終えていたかどうかも大切ですが、昭和天皇の戦争を終える決断の凄さは評価が変わるものではないでしょう。

  何時ものねずさんがこの昭和天皇の素晴らしい決断を詳しく書いてくれています。

  これこそ、日本人全てが知り、それを世界に広めるべきことじゃないでしょうか。

  何時ものように、是非全文をリンク元で読んでください。

  大和心を語る ねずさんのひとりごとより    2018年08月06日

   広島原爆の日に寄せて

  …略

  実は、日本に原爆(核爆弾)が投下された昭和20年の1月、陸軍は原爆の完成を陛下に奏上しています。
内容は、
「原爆(当時は新型爆弾と言いました)を敵国(米国)に投下することによって新たな戦況を開く」
というものです。

 3月には沖縄戦が開始されています。
沖縄市民を本土、あるいは沖縄本島の北部に疎開させる。
そうして敵を沖縄本島の南部にひきつける。
敵の大艦隊が集結しているど真ん中に原爆(核爆弾)を落とす。
敵の艦隊は瞬時にして全滅します。

 そのうえで、米本土(ハワイという説もあり)に、原爆(核爆弾)を投下する。
すでに敵艦隊は壊滅しており、本土への原爆投下は米国民に大きな動揺を走らせる。
これによって一気に和平に持ち込む、という作戦計画です。

 けれど昭和天皇は、言下に陸軍の作戦計画を却下されたのみならず、即時、原爆(核爆弾)開発の中止をお命じになられています。
理由は終戦の詔勅にある通りです。

 そのために沖縄の守備隊は大苦戦を強いられることになりました。
そして本土には、2発の原爆(核爆弾)を、逆に日本が落とされる結果になりました。

 6日に広島に原爆(核爆弾)が使用されたという報告が入ると、陛下はすぐに終戦に向けて動かれました。
そして2発目の原爆(核爆弾)が長崎に落とされた9日には、終戦の詔勅の準備に入られています。

 陛下は軍事行動や戦争継続の是非について口を出すお立場ではありません。
政治も軍事も、すべては旗下の政府および大本営が責任をもって遂行すべきことであって、陛下は、それら実施者に権威を授けられるお立場です。
ですから陛下ご自身がご命令を出されるということは、我が国の制度上、あってはならないことです。

 しかしその我が国の古来からのしきたり上、あってはならないことを、陛下は昭和20年に、二度行われているわけです。
ひとつは、原爆(核爆弾)開発および使用の禁止。
もうひとつは、逆に原爆を落とされた後の、終戦の意思決定です。

 終戦の詔勅は、8月14日付けです。
15日にそれが玉音放送として、全国民に向けて放送されました。
この時点で、日本はすでに戦いを継続するだけの体力がなかったから、終戦の御聖断をされたのだと、多くの戦後の識者の方々の弁ですが、間違っています。
ベトナムを見たら良いです。
圧倒的な火力を持つ米国は、国土を盾に戦ったベトナムに敗戦しています。
日本が戦いを継続するすることは、十分に可能だったのです。

 もちろん、苦しい戦いになることでしょう。
けれど、一億玉砕、本土決戦となる前に、陛下は戦争を終結されるご聖断を行われました。
 理由は、戦争が戦争でなく、すでに場外乱闘に至っていたからです。
それは我が国が行うべきものではないからです。…以下略

  これぞシラス国の真髄ですね。他の国の誰にこの決断が出来るでしょうか。

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