日記

日々思うこと

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金曜日

2005年01月30日 20時16分05秒 | 過去日記
金曜日のたびに
飲み会です。

それぞれ
趣味の合う人。所属が同じ人などが集まっているモノですね。
自分はまだ新参者なので聞き手にまわるしかないし、
正直メンドイ、ケド
修行です。

しかし恥ずかしくないのかな。
下には、きつく当たって
上には媚びへつらう。

自分の意見に絶対の自信(思いこみ)
があるくせに、上には決してその本性は見せない。

意見があるならかみついてみたらいいじゃないの?
ったく

やな姑に、細かいこと言われる嫁みたいですがな。
修行になるけど
やりすぎじゃない?
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平成教育予備校

2005年01月30日 20時12分10秒 | 過去日記
平成教育委員会の後番組
なかなかおもしろいです。

中学生の頃
武がやっているときは本気で解いてたけど
今は少し簡単になったのかな?

宿題の答えは「言」かな。
伝言・言葉・・・まあ、間違いないね。

久しぶりに実家に帰った。
相変わらず
ごたごたしている。

人間生きて
死ぬだけなんだから
肩の力抜いて生きていけばいいのに
心配ばかり。

親ってソーユーモンなのだろうな。
そろそろ適齢期だから
がんばらなければ。

仕事では尊敬する部分が多い。
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辞書(うとうと、と、うつらうつら)

2005年01月16日 20時51分03秒 | 過去日記
文を書くときに
傍らに辞書を置かないことは

ドライブに行くのに
車を忘れるほど
不作法だそうです。


今日、小学三年生に
プレゼントする国語辞典を
選びに行きました。

様々な辞典がありましたが
結局、一番語彙数が少なかった(精選されていた?)
ベネッセにしました。

好みや能力によって
選び方が変わりますね。

自分用の字典が欲しかったけど
無かった(ToT)

辞典・事典・字典


うつらうつら(覚醒の方に重点が置いていること)
うとうと(眠る方に重点が置いてあること)

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小股が切れ上がる

2005年01月15日 19時36分58秒 | 過去日記
学校にいるといつも真剣勝負です

その時その時の質問に答えられないと
その瞬間信頼を無くし
ズバッと答えられると

ものすごく信頼してくれます。

「小股が切れ上がる」など
最近は
従来の定説が崩れてしまって

いろんな情報がインターネットを通し
簡単に手にはいるようになってきたので
気が抜けません(ToT)


(1)足が長くすらりとして、たった姿がきりりと引き締まった女性を形容する言葉。「小股」の「こ」は単なる接頭語で、小股という部位が特別にあるわけではない。

(2)すらりとして小粋(こいき)な女性の容姿を「小股(こまた)の切れ上がったいい女」と表現する。例えば、菱川師宣の浮世絵「見返り美人図」のような。

(3)鳥居清長の浮世絵美人をして「小股の切れ上がった……」というのだという。

(4)相撲の技に、小股掬いというのがあるので、膝関節の上あたりかも知れないとか、襟足といって、女性の白いうなじが色香を放つので、首筋を足に見立てているのかも知れないとか、足袋の親指と、他の四指との間を小股というので、そのあたりを指すのではないかと。

(5)後ろから見たときに足首のところの骨が(踵のすこし上)Vの字にキュキュッなっている様のこと。

(6)「小」を接頭語とする説では「裾さばきの美しい、すらりとした体つきの小粋な女性」となります。

(7)「小股」とは股の付け根の左右を上に走る二本の鼠蹊部の線としますと、「女陰、上付きでまぐわいの具合がとてもとてもよろしい女性」

(8)太宰治、織田作之助、坂口安吾の対談から引用[織田作之助]僕は、背の低い女には小股というものはない、背の高い女には小股というものを股にもっていると思うのだ。
[坂口安吾]しかし小股というものは、どこにあるのだ。
[太宰治]アキレス腱だ。
[坂口安吾]どうも文士が小股を知らんというのはちょっと恥ずかしいな。われわれ三人が揃っておいて……。
ということで、大作家たちにも「小股」の正体は謎だったらしい。

(9)「小股」という器官があるのではなく、「ちょっと股が切れ上がっている」という意味だと考えるのが妥当だろう。では「股が切れ上がる」とはいったいどういう状態を意味するのか。
なんでもこの言葉、もともとは男性の形容に使われていて、「すまた切れあがりて大男」という言葉が、西鶴の「本朝二十不孝」という本に見えるそうだ。股とは、ももそのものではなく、ももとももとの間の空間を意味する。つまり「すまたが切れあがる」とは「足が長い」という意味。
これがのちに女の形容に使われるようなり、「小股が切れ上がる」という形容が生まれたらしい。
ということで、「小股の切れ上がった女」とは、足が長くて尻の位置が高くすらりとした女性をいうのだとか。(『すらんぐ 卑語』)つまり、「ちょっと股の切れ上がった美人」と解釈するのが正しいようです。
要するに、下半身がしまっていて、お尻の上がったスタイルのいい女性を指しているってことですね。

(10)婦人のスラリとしていて粋なからだつきをいう(三省堂広辞林)(広辞苑)

(11)すらりとして小粋な女(集英社 広辞典)

(12)和服を着た女性が、すらりと粋な様子(小学館 国語辞典)

(13)女性の足がすらりと長く、粋な姿(小学館 大辞泉)

(14)きりりとして小粋な女性の形容(三省堂 大辞林)

(15)女の股が長く、すらりとして、いきなさまの形容「十八、九の女の裸参り、身体の白きこと雪の如く、小股の切れ上がったる」(咄・寿々波羅井)・・・(岩波 古語辞典)

(16)「芸者が歩くときには内輪に足を踏み出し、大股にならぬように歩く。芸者として、修行が積んでくると、女らしく垢抜けしたきりりとした感じに歩けるようになる。それを小股が切れ上がる、というわけだ。つまり、切れ上がるとは、卒業すると言うような意味だな」(吉行淳之介「技巧的生活」)

(17)小股とは股の付け根の切れ目のことをいうのだそうだ。あそこのところの略図を「Y」とすると「V」の部分が深く切れていて、しかも、斜め上方に長く切れ込んでいる女性のこと。
 簡単に言えば土手が高いのであります。あの丘がこんもりと盛り上がっているわけであります。(井上ひさし「江戸紫絵巻源氏」)

(18)女陰の陰裂の長さ(折口信夫)

(19)小股の「小」は「股」を飛び越えて「切れ上がった」に係っているのです。
 つまり「股がちょっと切れ上がった」を表しています。結論からいいますと、「足の長くすらりとした」「腰の位置が高い女性」という意味です。   (評論家 奥秋義信)

(20)アキレス腱がくっと締まった女性がサクサクと歩いているといかにもいい女って感じです。

(21)「小股」とは足袋を履いた時の親指と他の指との間を指す。あるいは膝から下の脚の部位を指す。(快感が高まると、女性の身体が反り返ったり、下半身全体、脚の指先まで力が入ることと関係がある?)(BODY DESIGN)

(22)膝から腿のあたりが切れ上がっていて、ちらりちらりとすそが開いてたいへん色っぽいわけです。そこへ風でも吹こうものなら、「小股」があらわになってしまいます。(杉浦日向子 ぶらり江戸学)

(23)近世庶民文化研究会刊行の「近世庶民文化」77号~あたりに小股論議が載っているそうです。(残念ながら小生未だ読んでいません)




愚痴・・・
適当に答えておけばいいなど
下らんことを言って指導しないで欲しい。
ケツの穴がちいさいやつだ

少しのことで機嫌を損ね
相手を威嚇しようとするのは
常に自分を大きく見せようとするコトじゃないの?

そんな大人になりたくないね。

上に諂い
下に強く出て自説を曲げない
そんな人の下で働きたくないね

早く終わって欲しいぜ
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横書き

2005年01月08日 13時17分17秒 | 過去日記
小学校三年生の国語の教科書で
日本語の「横書き」について習います。
国語の教科書なのに、横書きです。

横書きは「、」読点を「,」コンマ(カンマ)
原則的に算用数字を使う。が、
成句・熟語・固有名詞の場合は漢数字を使用。

コレを使いこなすのは非常に難しいと思います。
成句(慣用句)って誰が決めるの?

慣用って、
その都度コーユーモンだからってわかっていくもの
だと思います。

曖昧ですね。
それでも、日々明日をになう子ども達は学んでいく。
責任は重いですね。



ひとまず、今日は合コン。
ガツガツと
未来の伴侶を見つけねば(ToT)
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指導法

2005年01月08日 11時39分33秒 | 過去日記
指導法について日々研究をしています。
現段階ではおおざっぱに言って

指導要領があり
それに即した教科書(検定済み)があり
それに沿って公立学校と呼ばれるモノは
授業を行うことになっています。

また、
教科書会社では
別に
指導書と呼ばれる本を作成し
指導計画の助けとさせています。

また、国立は指導要領を
よりよくするために
別個のカリキュラムを組んでいます

私立はまた別です。

ンナカンジ。


ふぅ~
とは言っても

残念ながら
指導する内容
指導する方法で
コレ(^▽^)V

というものはありません。
あったら頻繁に指導要領が改正されるわけありませんし
指導法の研究何ぞを、学制発布の時点から研究して今頃までかかるわけありません

ほとんどの場合、教師の独善的な考えで推し進められる場合が多々あります。
独善的というと語弊がありますが
実は決して悪いことではないです。

それぞれの教師がそれぞれ研究し目の前の子ども達に
どうすれば力がつくのか考えています。いない人もいます。

法則化と呼ばれる教授法の積み重ねを勉強する人もいますし
しない人もいます。

とはいえ、
子どもにとっては一回きり、保護者にとっても一回きり、教師にとっても一回きり
まさに一期一会。

日々精進あるのみです。


なので
先輩教師で、独りよがりな人は非常にウザイです。
自分では良いことをしているつもりでも
保護者や子どもがいやがっていて
しかも
それは、「先生」という立場だから相手が言わないことを
わかっていない人。
そんな人にはなりたくないです。

常に保護者は「子どもが人質」という頭があることを忘れないようにしたいです。

「警察がいるから犯罪は起きない。
先生が怖いから、真剣に勉強に励む」

間違ってはいないとは思いますが
この考えに従いたくはありません。

声が必要以上にでかい先生は、元気があるのではなくてバカなのだと思います。
人間はもっと知的な生き物であり、教室は工場でなく知的な空間であって欲しいです。
「脳みそから汗をかく」そんな授業を心がけています。
コメント

最近泣いたこと(ToT)

2005年01月04日 23時09分38秒 | 過去日記
別に国粋主義者って訳ではないけど
なんで
こーゆーコトを学校では教えないんでしょうか?

日本を好きになるには
うってつけの題材だと思います。

http://www.techstan.com/private/data/japan-turkey.swf
http://hamaniyo.jp/~taz/flash/polandNewVer.swf
http://www.geocities.jp/wimaciiaccess/sinjituwadokoni.swf


戦争は最後の外交カードです
背筋を伸ばし、平和を創りあげてくれた
先人達に感謝
コメント

おお、ブログ?

2005年01月04日 22時45分56秒 | 過去日記
ブログってなんでしょ?

まあ、いいや。
これでブロガー( ̄ー ̄)ゞ フフッ
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