Being on the Road ~僕たちは旅の中で生きている~

日常の中にも旅があり、旅の中にも日常がある。僕たちは、いつも旅の途上。

人民中国の残像/山西省長治郊外

2021-10-27 22:46:14 | 旅行

2001年の記録

 

山西省長治市のミサイル工場で仕事をしていた時、「長治に来たならば、どうしても連れて行きたいところがある。」と言われ、平日に長治市郊外に行ったときの記録。

 

 

長治市は、太行山脈と黄土高原に囲まれた盆地に市街地がある。山西省そのものが、太行山脈と黄土高原の省である。

 

 

仕事は気楽なもので、会議以外は、現場をウロウロして、助言を求められた時に技術的なアドバイスをする。製造に対し、「あ~しろ、こ~しろ!」といった指示をすることはできないが、アドバイスの結果責任もない。とは言っても“日本を代表して”訪中しているので、責任をひしひしと感じていたが・・・・。(笑) 

もちろん、技術供与の代償として供給される製造委託品の製造を任せられる生産技術、管理技術の有無を評価、判断するミッションがある。

 

 

僕は出勤前と昼休みにカメラをぶら下げて工場の周囲を散策していた。(前回の写真) そのことが原因だと思うが、公安にパスポートを預ける(没収される)羽目になった。「怪しい男が写真を撮っている。」と通報されたのだと思う。何しろ、長治市は、数年前まで外国人立入禁止区域だったのである。観光地でもない街角で写真を撮る酔狂な人種が存在するなど、住民には想像できなかったのだろう。

そのような経緯があってか冒頭に記したように郊外へ“下放”されることになったのである。ふつうのビジネスマンであれば、「やれ、やれ」なのだろうが、僕にとっては、願ったり叶ったりの郊外ツアーになった。

 

中国の軍需工場は、機密や防衛の観点で内陸の山間部に立地するとともに産業振興も兼ねて、貧困地域であることが多い。長治市は、まさにそのような立地である。

 

 

 

山間部に行くと、崖に横穴を掘った住居が目立つようになり、土地は、乾燥し、急傾斜で、岩石がゴロゴロしてといった有り様である。

斜面から崩した岩石をハンマーで砕く原始的な採石業者、天秤棒を担ぐ農夫といった前世紀の光景が広がる。

 

 

おじいさんと孫の姉弟、1人っ子政策下でも農村部には、ふつうに兄弟姉妹がいる。子供の両親は、出稼ぎに行き、留守宅では孫の面倒を見る祖父祖母がいるのも農村部のあたりまえだ。

※政府や国営国有企業、外資企業では、1人っ子政策は厳格に運用され、違反は降格、解雇になったが、農民や自営業者は、罰金を払うだけだ。もちろん、両親に罰金を工面する経済力がなければ、“黒子”(無国籍児)となり教育を受けることもできなければ、就職することも、移動することもできない。アンダーグラウンドの世界で生涯を送ることになる。生まれて3年後に罰金の工面がつき、晴れて出生届を出してもらったので、ほんとうの年齢より3歳若い部下がいた。

 

 

山羊の群れを連れた牧夫、彼は帰宅するとPCを立ち上げてネットゲームに興じる? そんな訳ないだろう。

 

 

【メモ】

緊急事態宣言が解除され、出張1日、在宅勤務1日、3日はフルタイム出勤となる。コロナ禍で、すっかり鈍った身体は、帰宅するとクタクタな日々。

国内移動の制約がなくなったものの僕のフィールドの海外渡航の制約が解除されるのはいつの日のことか。それでも、水面下では、来年度の海外フル稼働に向けた準備を進めている人もいる。

 

 

旅は続く