Danchoのお気楽Diary

高校3年間応援団だった「応援団バカ」の日記。スポーツ観戦や将棋等の趣味の他、日常感じる事を、「ゆるゆる」綴ります。

応援団に捧げた青春(番外)/Danchoの「青春」を振り返ってみる…

2015-03-17 23:10:00 | 応援団シリーズ化記事
このシリーズは、こちらでは、私自身が、高校1年生の夏位までしか進んでいないし、それでも粗があるので、修正しながら新館にバックアップしています。

続きを書くことも、粗を取り除いて整理する作業も捗ってはいません。

ですが、「気まぐれ」的ではありますが、私自身が「応援指導部」(=応援団)で過ごした2年ちょっとの現役時代の「青春」を、大雑把に振り返ってみようと思って、書きます。


新館に整理してバックアップが済んだ話は、応援指導部に入部して、初めての練習に参加した時の様子(第7話)までです。
ちょっと不親切かもしれませんが、それは、「シリーズ化記事」のカテゴリから読むことは可能です。
今回は、それ以降を大雑把に振り返ってみます。

私が入部した応援指導部は、1年生にとっては入部して2か月も経たないうちに、3年生の幹部の先輩方の引退の花道でもあり、母校の文化祭の「メインイベント」と言っても過言ではない、「臙脂(えんじ)の集い」という、大きなステージ演技があります。



プロフィール画像としてよく使っているこの写真は、私が2年生になった時の、「臙脂の集い」に向けた練習の時のものです。
後方で、1年前の私の様に、がむしゃらに練習に臨んでいる新入部員の後輩達も見えます。
この写真を、ちょっとしんどくなった時に見て、奮い立たせること…今でもよくあります。
(今、この記事を書いているのも、ちょっとそういう側面があります。)

その「臙脂の集い」のステージの成功は、3年生の先輩方の引退に華を添える事ももちろんですが、それ以上に、母校の文化祭の成功にも直結するので、全校生徒の大半が「見守って」くれます。
実際1年生でステージに立ってみると、梅雨時期(6月第1日曜日に開催が基本です)で蒸し暑いのに、凄くたくさんのお客様(生徒も含めて)が居て、こんなにたくさんの人の前で演技を披露するのか…と、圧倒されました。

元々目立つことは好きな方で、そのために、中学1年生の時はいじめに遭った事もあったけど、53番に背中を押してもらった事実はあっても、自分で決意して入部した部活動が、こんなに注目されているんだ…という事を知って、嬉しかったのと、身が引き締まる思いと、両方を感じながら演技していたと思います。
(しかし、その時の「動画」を観ると、本当に「ヘタレ」なのですが…。)

私は余興の「トリ」を飾る、毎年の様にお客様に喜んで頂いている「バルタン星人」の「先頭」を任され、「自分でも笑ってしまう」余興だったので、練習中に自分でウケてしまい、KT先輩に厳しく指導されたことを思い出します。
(KT先輩と会食させて頂くと、時々この話題が上ります。)

結果、「日本一の、鬼のリーダー長」で、後にも先にも「鬼」と呼んで良い方は、他に居ないと私自身は誇りを持って思っているKA先輩の指導の下、ステージは大成功。
幕が完全に降りて「実践体型」を崩したときに、1年生同士肩を抱き合いながら、嬉しくて号泣したことは、一生涯の宝です。
こういうのを「達成感」というのかもしれませんが、それを初めて体験しました。

後夜祭では、母校の生徒皆と、最高に盛り上がれるひと時でした。
とりわけ私は「稀な引退の仕方」だったので(というか、私しか多分いないと思います)、皆が以下の写真の様に、私を迎えてくれて盛り上げてくれた事…そして、この時被ったバケツの水の冷たさは、一生忘れません。






そして、厳しい夏合宿…。

1年生の時の夏合宿は、とにかく新幹部の2年生の先輩方が、凄く「集中的に」鍛えられる様子を、長く辛く終わりがないように感じた厳しい練習に耐えながら見ていて、「来年は、私達が次に鍛えられるのか…」と、気が重たかった事を思い出します。
それでも、1年生なりに、この厳しい合宿を乗り越えられたのは、自信になった気がしたのも確かでした。

季節は秋に入るころになると、「五校応援団連盟」で一緒に活動している他校の文化祭で、それぞれの応援団が、「臙脂の集い」に相当するステージ演技が開催されるので、そちらに出かけました。

加えて、母校は母校で、「他校招待」と呼ばれる、近隣の女子高の文化祭に招かれて、「招待ステージ演技」を披露する機会に恵まれていたので、それに向けた練習もしっかりやって、充実していた時期でもありました。
(これが終わると、「オフ」に入るので、1年生は、その間に応援歌のテクをひたすら磨くので、練習も辛いばかりでなくなり、むしろ楽しく感じる時期になります。)

「他校招待」は、以下の様に、3年間全てでオファーがありました。
嬉しかったですね。

1年生:久喜高校
2年生(私達が幹部の時):春日部市立豊春中学校と、伊奈学園総合高校
3年生(引退後のゲスト出演):久喜高校と、春日部女子高校

いずれの学年でも、印象に残る出来事がありましたので、それは追って書きたいと思っています。
個人的には、1年生の久喜高校、幹部の時の伊奈学園総合高校、3年生の時の春日部女子高校の時が、思い出深いですね。
とりわけ、幹部の時の伊奈学園さんでのステージは、現在の「諸事情」とも関係する事になったので(今でもビックリしています)、しっかり書いて喜んで頂けたら…と思っていますし、3年生の時の春日部女子高校のステージも、私自身では「重要」でしたので、そちらもアウトプットして、後になっても「懐かしい」と思えるようなエントリーに仕上げたいと思っています。

オフに入って同時進行するのが、「応援団連盟」主催のステージ演技披露会「日輪の下に」の準備です。

私が1年生の時が「第11回」に相当し、この時、母校は「幹事(=主幹)校」だったので、とにかく忙しかったし、なにしろ、この「第11回」は、埼玉県の高校応援団事情に明るい皆様なら御存知の通り、松山高校さんが仲間入りして「六校応援団連盟」として初めて開催するステージになったという点で、凄く大きな意味を持ちました。

その「準備」で何があったのか…
本番は、どうだったのか…

その時の記憶が、比較的鮮明です。
この「第11回」の開催に私自身が関われたことは、貴重な経験をさせて頂いたと今でも思っています。
だからこそ、そのことは書き残しておきたい…とも考えています。
おこがましいのですが、「大きな宿題」ですね。

年末に「奉納式」と呼ばれる、内々のステージ演技があり、1年生はそこで初めて自分自身でプロデュースしたテクを、3年生, 2年生の先輩方のみならず、顧問の先生やOBの先輩方にもご覧いただきます。

初めて「練習ではない場面」でテクを披露することになりますし、自分で構成を考えて…というのも難しかったのですが、「奉納」という意味をちょっと考えながら挑んだ記憶はあります。
でも、「上手に、無難にできたら…」という、「失敗を恐れた」内容だったかも…と、今にして思う事もあり、ほんの少し後悔も感じています。

年末というと、私が幹部の時は…「大事件」がありました。
それも、決して忘れてはならないし、その「大事件」を経験したことによって、様々な方に支えられて活動できることを勉強させて頂きました。

年が明けて、年度末の大きな行事が、オフで準備を進めた「日輪の下に」です。

「第11回」の時の練習…辛かったですね。
それは、肉体的な面もそうですが、それ以上に大きなプレッシャーを感じながらの練習でした。だからこそ辛かった…。

「日輪の下に」というテーマでは、「第11回」と「第12回」に関わったわけですが、前者は、話の繰り返しになりますが、その「準備」から「本番」に至るストーリが凄い展開ですし、「第12回」は、年末の「大事件」後はじめての公式行事でしたから、感慨深いものがあります。


「そもそも」の部分で振り返れば…私の背中を押してくれた、中学3年生の時のクラスメイトで親友の53番。

53番と交わした「約束」を守るために、私は、最後まで頑張れた…と思っています。
そして、その約束…実は、叶うんだよね。守る事、できたんだよね。

私は時に挫けるけど、君が、地元で歯を食いしばって頑張っている事を思えば、私も負けちゃダメだな…って、立ち直るきっかけを、いつだって頂いています。


今、改めて振り返ってみても、「類稀」と、ある意味言える経験をさせて頂いたんだな…と感じます。
逆に言えば、「でも、応援指導部に入部して、最後まで続けたから、こんな経験できたんだよね?」と自問して、「Yes !」と、自信を持って答えられる経験だと思っています。
背中を押してくれた53番…君が居なければ、今の人生をこう振り返って、「貴重な経験だった」と言える事すらありえなかった…。感謝しています。

それだけ中身が濃かったから、その「体験談」を書くことで、少しでも応援団って、どんな世界なんだろう?…って、興味を持っていただく「きっかけ作り」の一助として、拙ブログが存在できるとしたら、それだけで十分かな…と思っています。

この貴重な経験が、今の人生の「支え」とか「大きな影響力」になったかどうか…という点では、正直自信は、ありません。
自信がないから、挫けるし、時に自分を責める事しかできなくて、ちっぽけで、寂しくて、価値がない人間だ…なんて考えてしまう時もあるのだと思います。

でも、それでも、「最後まで続けて、乗り越えて、OBになることができた」という事実だけは残りましたので、後輩の皆さんには、こんな不出来な人間だけれど、私という「ちょっと変わった先輩」が居た…と、胸の中の片隅で、ひっそりと佇ませて頂けたら、嬉しく思います。

なので、これからは、今まで「応援団」というテーマで勉強した事や、観て感じた事について書くことは極力控えて、時系列にも拘らずに、私自身の経験に基づいた「体験談」に重きを置いて書いていこうと思っています。
元々こちらに書き残しているものは、粗を削ってこちらに残し、その作業が終わったら、オリジナルをどうするか考える…という方針で展開できたらと、考えています。

それでも、言葉を選ばないといけませんから、大変な作業ではあるけれど…。


そういえば…今日、3月17日は、カモの誕生日だった。

「同期」は、いつまで経っても「同期」。
同じだけ、いつも一緒に、年齢を重ねていく存在です。

同じ時期に、同じ体験を共にした、カモ、ニシ、H、A…。
同じ高校3年間で、一緒に活動した私を含めたこの5人は、いつまでも思い出を語れる、私にとって貴重な仲間です。

そして、この4人と出会わせてくれた53番…。
いつまでも、私の「中学時代の同期」であり、「親友」でいてください。

Danchoは、決してみんなに誇ってもらえるような人間ではない、出来損ないだけど、「同期」として、これからも宜しくお願いしますね。


【お知らせ】
8月23日から、こちらの応援団ネタの粗を削って、バックアップする目的の「新館」を、Amebaに設立しました。
Danchoのお気楽Diary 新館
にも、是非立ち寄って下さいね。
(只今、私が幼少のころ、テレビに噛り付いて見ていた「マッハGoGoGo」のキャラクターをテンプレートにしています。ど派手ですよ)