ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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朝倉敏夫教授の講演「食文化を通じてみる韓日比較」を聴いて知ったこと、考えたこと(下)

2015-08-10 13:04:38 | 韓国料理・食べ物飲み物関係
 1つ前の記事の続きです。

○「お膳の脚が曲がるほど」たくさんの料理を出してもてなす。
 ・・・という話とともに提示されたのが下左の画像。
 8月27日から国立民族学博物館で開かれる「韓日食博」(右画像)のチラシに載っています。
    
  「なるほどねー」と思う一方、私ヌルボが少し気になったのは「曲がる」という箇所。상다리가 부러지도록 나오는 한정식(お膳の脚が「折れる」ほど出てくる韓定食)」といった表現はありますが、「曲がる」というのはあるのか? また、こうしたお膳の形態に、そのような意味がホントに込められているのか?
 韓国語でお膳のことを一般に밥상(パプサン)といいますが、とくにこのような1人用の小さな食膳を소반(ソバン.小盤)といいます。日本のお膳に比べて脚が長くなっているのは、茶碗や椀を手に持って食べないので、口に近づけるためとのことです。
 なお、上掲画像の小盤は→コチラの記事に載っている小盤と同型のものと思われます。
 関連記事をいくつか読んだところ、このような脚の曲がった小盤は動物の足になぞらえて次のように分けられるとのことです。
        
 左から<狗足盤(구족반)><虎足盤(호족반)><馬足盤(마족반)>です。見分け方は脚の先。内側に曲がっているのが狗足盤、外向きに曲がっているのが虎足盤です。馬足盤は台が長方形のもの(・・・だと思います)。(また、これら以外にもまっすぐな脚の小盤もあります。)
 しかし、弯曲した脚の調度といえばたとえば香炉が思いつきますが、ほかにもいろいろあると思います。こうした小盤がはたして「お膳の脚が曲がるほどたくさんの料理を出してもてなすという意味が込められている」かどうかについては、結局確証は得られないままです。
 そのこととは別に、先のリンク先の記事に興味深い記述がありました。
 「朝鮮は身分・男女・長幼等の区別が厳格だったので、格の違う人と食事を共にすることはないため一人膳が多かった。このため小盤がよく用いられた。」
 これはナルホドですね。ただ、日本でも「現代でこそ、家族一同が一つの食卓をかこんで食事をすることが一般になったが、それはここ数十年間の流行であり、それまでは一人が一つのお膳を使う銘々膳であったのだ」(石毛直道「食卓の文化誌」)ということで、日韓の違いは文化自体の違いというよりも年差と考えた方がいいのかもしれません。「食卓の文化誌」が最初に書かれたのは1970年代ですから、日本ではその頃銘々膳は過去の話になっていたわけです。ところが韓国ではそうではありませんでした。
 たとえば申相玉監督の佳作「離れの客とお母さん」が公開されたのが1961年。原作の朱耀燮(チュ・ヨソプ)の短編小説は1935年発表されましたが、この映画の時代設定は現代(1960年頃)になっていると思われます。そこでも一人用の食膳が用いられていました。
      
 別棟の台所で作った食事を載せたお膳をお手伝いさん(食母)が内庭を通って離れ(サランバン)まで運び、客は1人で食べています。これは馬足盤のようですね。
 石毛直道「食卓文明論」(中公叢書)には次のようなことが書かれています。
 韓国では、[1]朝鮮戦争後の「家庭の民主化」 [2]伝統家屋からアパートへの居住様式の変化 [3]大家族から核家族への家族形態の変化 によって家庭の食習慣は大きく変化した。そして1970年代には家族全員が一つの食卓を囲んで食事をすることが一般的になった。しかし地域差があり、地方農村の一部では80年代後半でも男女別室で食べる風習も残っていた。
 日本でも、60~70年代アパートが増えて、それとともにちゃぶ台が姿を消していったということはこの本等でも記されています。
 こうしたところにもその時代・その社会のありようが反映されているということですね。

○8月27日~11月10日国立民族学博物館(みんぱく)で開催される「韓日食博」にぜひお越しを!
 ・・・と、朝倉先生、講演の最後に宣伝されてました。詳細はみんぱくの公式サイトを参照とのこと。(→コチラ。)
 朝倉教授によると、さっそく「なんで<日韓>でなく<韓日>なんだ!?」と批判めいた電話もあったそうですが、内容的に韓国の方がずっと多いから、という理由なのだそうです。
 またとくに強く薦めていらっしゃったのが特別展解説書の「韓国食文化読本」。なんかわからないけどおもしろそう。現地でないと入手できないようなので、これは行くしかないか・・・。
 さまざまある展示内容の中で、日韓の学生の皆さんの調査によるものとして「日韓の漫画の中のオノマトペ」というのがあるそうです。ものを食べる時の音とか、かな?
 たまたま最近ソウル在住のゆうき先生のブログ記事(→コチラ)を見ていたら、Film Forumというミニシアターの注意書きの画像が貼られていました。
 6項目中5つがものを食べる時の音ではないですか! 意味はゆうき先生がきっちり書いてくださっています。
  바스락(パスラ)=がさごそ(袋が擦れ合う音)
  춥춥(チュプチュプ) =チューチュー(液体を吸う音)
  짭짭(チャプチャプ) =クチャクチャ(唾液を混ぜて食べる音)
  냠냠(ニャムニャム) =もぐもぐ(頬張って食べる音)
  호로록(ホロロ)ズルズル(麺をすする音)
  슉슉(シュクシュク) =ツルツル(麺などが滑らかにすべる音)
 いやー、こういう擬声語・擬態語はなかなか覚えられないんですよねー。(国際結婚の)ゆうき先生も「日本語訳をつけるにあたり、嫁はんと娘たち(!)の力を借りました」とのことですが・・・。

 おまけ。講演が終わって外に出ると、信号待ちの朝倉先生を発見。この機会にと思い、以前から疑問に思っていたことをお訊ねしました。以前過去記事(→コチラ)でも記したことですが、脱北者の女性博士イ・エラン教授の本には「北朝鮮にはサンチュという言葉もなく、肉をサンチュに包んで食べる食べ方を知らない」ということが記されていました。すると、もしかして「肉をサンチュに包んで食べる」というのはそんな昔からの習慣ではないのかもしれない、といったことを考えたりもしていました。
 そうした疑問を口にすると、朝倉先生は「昔(←何百年前だったかな?)、北の人が「サンチュで包んだ料理が懐かしい」といったことを書いてます。つまり以前からあった食習慣です」と即座に説明されました。今の北朝鮮の状況については、「北は昔から食糧事情が厳しく、とくに現在は極度の食糧難に直面しているといったことが昔からの食習慣が消えてしまっている背景にある」ようです。なお、「イ・エランさん関係の展示も(特別展で)あります」とのことでした。
 信号待ちのわずかな間に、内容のあるお答えが聞けたのは実にラッキーでした。

 うわ、こんなに長くなるとは思わなかったな。

[8月11日の追記] 朝倉敏夫「韓国」(農山漁村文化協会<世界の食文化1>)に講演内容の多くが記されています。すぐ上の<おまけ>で書いた「包んで食べる」については次のような記述がありました。
 これ(=野菜にご飯を包んで食べること)が高麗から蒙古(元)に伝わったというが、その陰に、蒙古につれて行かれた高麗の宮女が失郷の悲しみをいやすため、故郷を想ってサンチュ(チシャの葉)にご飯を包んで食べたという悲しい話がある。