ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

①韓国文学②韓国漫画③韓国のメディア観察④韓国語いろいろ⑤韓国映画⑥韓国の歴史・社会⑦韓国・朝鮮関係の本⑧韓国旅行の記録

朝鮮人慰霊碑探訪、映画「テロ,ライブ」、韓国文化院の講演、横田さん夫妻の話等々、怒涛の日々(?)の備忘録

2014-09-08 23:54:28 | 韓国・朝鮮と日本の間のいろいろ
○8月31日(日)
 韓国旅行からの帰国翌日。疲れが抜けず、1日中グッタリ。

○9月 1日(月)
  「関東大震災・朝鮮人虐殺フィールドワーク~横浜の虐殺地と追悼の地を訪ねる~」(主催:歴史を学ぶ市民の会・神奈川)
 「関東大震災 殉難朝鮮人慰霊之碑」がある久保山墓地と、「関東大震災韓国人慰霊碑」がある宝生寺は私ヌルボも以前何度か行ったことがありましたが、多くの朝鮮人が殺されたという中村橋は初めて。
 30数人が集まり、雨の中約2時間3ヵ所を講師の後藤周先生の説明を聞きながら回りました。


 久保山墓地では、7日に朝鮮総聯系の人たちによる追悼集会が開かれました。(「神奈川新聞」の記事→コチラ。) 宝生寺の方は9月1日民団が慰霊式を行いました。
 このフィールドワークについて、私ヌルボが事後報告記事を書こうと思いつつもモタモタしている間、3人の方が早々と記事を公開されました。→コチラ①と→コチラ②と→コチラ③です。
 ヌルボが今回の説明で初めて知ったのは、久保山墓地の「関東大震災 殉難朝鮮人慰霊之碑」が建てられた経緯。(①と③に描かれています。)
 また、事後に知ったのがヌルボのホームグラウンドといっていい横浜市立図書館の地に1928~45年横浜市震災記念館というなかなか立派な記念館があったということ。(参考:→ウィキペディアと→はまれぽ。)
 そしてぜひ多くの人に知ってほしいことは、同行取材した記者が書いた「東京新聞」の記事(下画像)にも記されているように、関東大震災時の朝鮮人虐殺の記述がある中学生用の副教材「わかるヨコハマ」を市議会で自民党議員が批判ししたため、横浜市教委は2013年度版で「虐殺」の文言、軍・警察の関与、慰霊碑写真を削除・改訂し、2012年度版を2万7千人の中学生から回収して溶解処分したという事実です。

 これについても、先の①と同じブログで詳しく説明されています。(→コチラ。)
 その中で、工藤美代子「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」について少しふれられています。こういう本が書かれ、多くの人に受け入れられるというのは、「こうであってほしい」という願望に合わせて史実をつまみ食いもしくはデフォルメするという「韓国にありがちな」ファンタジーのような」歴史認識とほとんど同じようなものになってしまうのではないでしょうか? この本を歓迎している人は当時の新聞報道を相当に重視しているようです。しかしその報道自体をもっと正確に読み取る姿勢が(当時も、今についても)重要なことだと思います。当時の体験談をいくつも読むと、この本のいい加減な所はわかりそうなものですが・・・。
 (実際に虐殺された朝鮮人の人数についてはたしかに疑問な点はあると思いますが・・・。)

○9月 2日(火)
  白石加代子「百物語シリーズ」ファイナル公演 第九十八話 三島由紀夫「橋づくし」/第九十九話 泉鏡花「天守物語」(県立青少年センター)
 「百物語シリーズ」もついに最後か・・・。「橋」関係の小説はいろいろありそうですが、藤沢周平の感動作「橋ものがたり」と比べると、三島由紀夫「橋づくし」には時代情趣といったものが強く感じられ、「含み」の多い語り口で、謎めいた余情が後に残ります。「天守物語」はずっと前に芝居を観た・・・が、どういう人たちが演じていたのか全然思い出せず。

○9月 4日(木)
 「朝日新聞」が掲載をいったん見合わせた池上彰氏の連載「新聞ななめ読み」を掲載。
 やれやれ。モタモタしてますなー。
 ※若宮啓文元朝日新聞主筆が7月31日の「東亜日報」(日本語版→コチラ)で「私も「右翼の代弁者」と呼んで」というコラムを書いています。「帝国の慰安婦」を出版して元慰安婦たちから名誉棄損で訴えられた朴裕河世宗大教授を擁護する内容です。
 若宮氏は、朴裕河教授が2007年「和解のために」(平凡社)で大佛次郎論壇賞を受賞した時の選考委員だったとのこと。それが今両著とも韓国で批判の矢面に立っているのは朝日新聞社にとっては皮肉なことで、日本の世論に対してだけではなく、韓国に対するスタンスの取り方が実にむずかしいところかも。若宮氏が記事の末尾で「もちろん異論はあっていいし、議論は大いに結構だが、司法に訴えて自由な言論を封ずるのは韓国の民主主義にとってプラスであるまい」と述べているのは正論だと思います。が、続けて「日本での出版を待つ人も少なくない」と書いているにもかかわらず、朝日新聞出版から今年4月の発刊予定だったというこの「帝国の慰安婦」の翻訳本がまだ刊行されていないのはなぜ?(朝日新聞社の「配慮」? それともなんらかの「圧力」?)

○9月 5日(金)午後
 「テロ,ライブ」(ヒューマントラストシネマ渋谷)
 いやあ、この映画はおもしろかった! 最初から最後まで緊張が持続します。
 娯楽アクション物とはいえ、ここでも<乙>(持たざる者)の積年の怨念といったものが描かれます。とくにヌルボが注目したのはテロ実行犯の要求が「大統領の謝罪」であるということ。セウォル号沈没事故の場合も被害者側からそのような声があがっていましたね。
  

○同日 夜
 講演会「韓国の切手でひも解く韓国近現代史」( 韓国文化院 ハンマダンホール)
 講師は「北朝鮮事典―切手で読み解く朝鮮民主主義人民共和国」や「韓国現代史―切手でたどる60年」等の著作がある郵便学者・内藤陽介さんで、主に日本の敗戦前後の時期の朝鮮の状況を当時の葉書や封書の住所表示や消印・検閲印等を手がかりに読み解くといった内容。しかし、よくこれだけの資料を収集したものです。
 ※この時間帯に中日ドラゴンズの山本昌投手が最年長勝利達成! うれしい!以上に感動しました!!

○9月 6日(土)午後
  『安倍晋三総理よ!! 拉致被害者・特定失踪者を見捨てるな!!藤沢市民集会 』(主催:北朝鮮に拉致された日本人を救う神奈川の会、後援:藤沢市)
 横田さんご夫妻の話を直接聞くのは初めてでした。また、このような集会も。拉致被害者についての北朝鮮側の調査結果が待たれる中、100人以上が参集して会場は満席。報道関係者も多数来ていました。
 ※当日のNHKの記事は→コチラ、翌日の産経の記事は→コチラです。
  


【「右翼っぽい人」や「運動家っぽい人」も何人か来ているのかと思ったら、全然そんなことなし。】

 また五味洋治さん(東京新聞編集委員)・杉野正治さん(特定失踪者問題調査会常務理事)・陶久敏郎さん(救う会徳島代表)・宮塚寿美子さん(明知大学大学院博士課程・北朝鮮学専攻)によるシンポジウムも興味深いものでしたが、外交交渉のウラや北朝鮮がどう出てくるか等々についてはこうした皆さんにとっても「よくわからない」ということがわかりました。(つまり、具体的なことを書いているような雑誌記事等は根拠が疑わしいということ。)

○同日 夜
 韓国語サークルでベンキョーだっっ
 いつもの大船ではなく鎌倉。日本語の「勉強をします」はまだ勉強をしていないのに対して、韓国語の「배워요」は「勉強をしています」の意。このビミョーな違いがややこしく難しいところ。
 終わってから小町通りへ。ジツはこちらがメイン(?)の二次会。ソウルのモーテルで「カギを盗んで」「立ち入り禁止の屋上に上がった」かどで「犯罪者」と決めつけられた(!)T兄(ヒョン)から説明を聞きました。
 なんでも、客室最上階(4Fだったか?)のわれわれの部屋の前辺りで掃除をしていたおばさんに非常口について訊ねたところ、「上(屋上)に行け」とのことでカギとその置き場所(隠し場所=マットの下)を教えてくれた(!)とのこと。で、その言葉にしたがってそのカギを使って屋上に出たというわけ。
 なんだ、T兄にも1割程度の非はあるかなと思っていたが、まるっきり無実ではないの。1割分とはいえ信じなかったヌルボを許してください。

 あー、ホントにいろいろあった1週間でした。今回はこの1本の記事にまとめましたが、インプット(仕入れたネタの分量)に対してアウトプット(記事にまとめてアップする分量)が追いつかない状況はほとんど慢性的なものになっています。
 一応以下のような当面の記事予定はあるんですけどね。(前もこんな予定を掲げながらもほとんど書かないまま今に及んでいます。とほほ。)
 ①韓国大統領の「権威」と「名誉毀損」、そして「表現の自由」をめぐって 
   ・・・・「左」の洪成潭(ホン・ソンダム)、「右」の産経新聞の場合。日本も決して「自由」とは言えない。
 ②漫画「大韓民国原住民」にみる慶尚道方言(と、1950~80年頃の韓国の地方の生活)
 ③<韓国のびっくりオブジェのいろいろ《○○○○○系》
 ④2000年日本公開の「シュリ」は画期的な韓国映画だった!
 ⑤2004年中朝国境の旅(長白山を含む)の記録