ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

①韓国文学②韓国漫画③韓国のメディア観察④韓国語いろいろ⑤韓国映画⑥韓国の歴史・社会⑦韓国・朝鮮関係の本⑧韓国旅行の記録

[韓国]中国による脱北者強制送還反対運動の高まりと、その波及効果

2012-03-12 20:15:33 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)

 本ブログ2月24日の記事で、中国政府による脱北者の強制送還に対して、韓国で抗議の運動が起こっているということを紹介しました。

 日本では、俳優チャ・インピョさんが強制送還反対集会でマイクを持って訴えていること等が2月22日の「毎日新聞」で写真入りで報じられました。
 そして3月5日NHKテレビは、韓国で4日夜人気歌手や俳優ら50人がコンサートを開いて、脱北者の痛みを分かち合おうと訴えたことを伝えました。→コチラ(動画あり。)
 このコンサートのことは「朝日新聞」でも「「一緒に泣いて」 韓国で脱北者支援コンサート」との見出しで伝えられました。

 その間、2月28日「毎日新聞」の「韓国:脱北者の強制送還禁止を訴え 国連人権理事会で」という記事等はありましたが、日本のメディアではあまり報じられていなかったようです。

 しかし韓国では連日のように反対集会が続けられ、メディアでも多く取り上げられてきました。
 このような動きと相俟って、韓国政府も国際社会に訴えています。
 なぜ日本のメディアがこの問題に関心を払おうとしないのか、首を傾げざるをえません。
 もしかしたら、最近のこのような動きは、何らかの大きな変化の兆しかもしれないのに・・・。

 ・・・ということで、最近のこの問題についての韓国の状況と、その波紋について整理してみます。
 ※以下の韓国紙の引用は、すべて日本語版です。

 今回の中国による脱北者強制送還問題が、韓国で大きな問題となった最初は、2月13日午後の聯合ニュース、翌14日の新聞報道です。その内容は中国・瀋陽で8日公安に抑留され北朝鮮へ送還される危機にある脱北者10人が韓国の国家人権委員会に緊急救済を要請したと13日人権委員会が明らかにした。
というものでした。
 さらに自由先進党の女性議員朴宣映(パク・ソニョン)議員が、彼らのほかに24人の脱北者が逮捕され北へ送還される危機にあると発表しました。
 15日には、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが、中国で逮捕された脱北者たち24人が北朝鮮に送還される危機に直面しているとの声明を発表し、彼らが送還されれば拘禁、拷問、ひいては処刑もあり得る」と中国政府に脱北者の保護を促しました。(「聯合ニュース」2月15日)

 新聞報道をふり返ってみると、韓国の市民の反応は早く、すでに17日に複数の北朝鮮人権団体が記者会見を開き、中国に抑留された脱北者の強制送還中止を求める署名運動を始めています。(「中央日報」18日)
 同じ17日には、インターネットを通じて集まった脱北住民たちが光化門の李舜臣像の前で強制送還反対のデモを行ったことが「息を殺していた脱北住民も立ち上がった」との見出しで「東亜日報」で報じられています。この記事では、光州でも脱北住民約10人が南区の中国領事館前で記者会見を行い、デモをしたことも伝えられています。この記事は「ソウルではなく地方の脱北住民が自発的に集まってデモまでしたのは異例のこと」と結んでいます。

 その後運動は大きく拡がり、韓国内の政治だけでなく国家間、あるいは国際的なイシューとして、中国政府にとっても頭の痛い問題になってきました。北朝鮮指導部にとっても当然悩みは深まるばかりでしょう。

 これまでも、中国は多くの脱北者を北朝鮮に送還してきました。2月29日付「東亜日報」の記事によると過去17年間で10万の脱北者を送還」したとのことです。

 ところが今回、韓国内で強制送還反対運動がこれまでになく拡がった理由としては、次のようなことが考えられます。(私ヌルボの個人的な推測ですが・・・。)

①リアルタイムの、さし迫った危機にある脱北者たちの状況が伝えられたこと。 
 強制送還されたら強制収容所に送られる(処刑の可能性も?)人たちがそこにいる。それも家族や同胞。阻止すべく声を上げるのは自然の感情、というもの。

②韓国内の脱北者自身が声を上げたこと。
 とくに代案学校(フリースクール)に通っている脱北者の生徒たちの訴えが多くの人を動かしたのではないでしょうか? たとえば2月22日付「朝鮮日報」には次のように書かれています。 
 「SAVE」という書かれた白いマスクの学生約30人が、のどがかれるほど声を張り上げた。・・・21日午後5時、孝子洞にある教会の前で、向かい側にある中国大使館に向け「助けてあげてほしい」と叫ぶ学生たちの目尻は、涙でぬれていた。
 この学生たちは、脱北青少年が通うフリースクール「黎明学校」の在校生と卒業生。・・・在校生のイさんは「私も脱北して北朝鮮に連れ戻されたことがあるため、強制送還がどれだけ恐ろしいことか知っている。まさに自分と同じ、自分の家族と同じで黙っていられなかった」と語った。家族を北朝鮮に残して昨年脱北したという在校生キムさんも「・・・脱北者が捕まったというニュースが流れた日、学校では誰も安易に話を切り出すことはできなかった」と語った。・・・ハングルや中国語で書かれたプラカードを持った学生たちは震えていた。卒業生のパクさん(仮名)は、震える声で「死を覚悟して来た」と語った。大げさなことではない。普段、学生たちはメディアへの顔の露出を極力避ける。韓国内外の報道を精密分析する北朝鮮の公安機関が学生たちの身元を追跡し、北朝鮮に残る家族を「背信者の群れ」として追及・処断するからだ。パクさんは「道を歩いていて、カメラが見えただけでもうつむく。脱北者の家族保護本能のせい」と語った。黎明学校のチョ・ミョンスク教頭は「ここに来た子にとっては、顔を隠すことが自分の家族を守る唯一の道」と語った。


③俳優チャ・インピョさんをはじめとする多くの芸能人が集会でよびかけたり、支援コンサートを開いたりして注目を集めたこと。
 とくに「脱北者を助けることに左右の理念の違いがあってはならない」との意見は説得力があったのではないでしょうか?

④メディア、とくに3大保守紙(「朝鮮日報」「東亜日報」「中央日報」)で連日関係記事を掲載していること。
 ニュース以外にも、論説とか、背景を探る記事とか、多様な記事が毎日のように・・・。一方左派系の「ハンギョレ」はあまり多くは載っていない上、本ブログ2月26日の記事で記したようにハギレが悪く、扱い方に苦慮しているような感じです。
  
⑤上記の朴宣映自由先進党議員が新聞(とくに3大保守紙)で大きく扱われ、注目を集めていること。
 本ブログ2月24日の記事では「保守政党の自由先進党・朴宣映議員発表の情報なので、たぶん左派系の人たちは聞き流したのでは?」などと軽く書いてしまいましたが、マスメディアでその存在感は増すばかり。かいつまんで紹介します。 ※自由先進党は2007年12月の大統領選挙に出馬して敗北した李会昌が中心となって結成された新保守主義の右派政党(野党)。
 朴宣映議員は、中国公安に情報源がある(?)のか、中国の脱北者の情報を次々に発信するだけでなく、2月21日から在韓中国大使館前で断食闘争に入りました。「政府は彼女を無視するのか!」との論調に押されてか(?)26日には千英宇大統領府外交安保首席が朴宣映議員を励ますため訪れ(「中央日報」2月27日)、29日には李明博大統領が激励の電話をかけて「みんながすべきことを一人でしていて申し訳なく思う。よい契機を作ってくれて感謝している」と語ったそうです。(「中央日報」3月1日)
 その後朴宣映議員は3月2日抗議集会中に意識を失って倒れ、病院に搬送されたことも広く報道されました。(「中央日報」3月3日)
 朴宣映議員の断食闘争突入の2日後の23日からは、脱北女性として初めて韓国で博士号を取得した敬仁女子大学の李愛蘭(イ・エラン)教授も断食に入りました。
 朴宣映議員同様、彼女もただ座っているだけでなく、「あれだけ多かった『ろうそく』や『希望バス』はどこに行ったのか?」(←朴婉緒の作品名のもじり?)と脱北者問題に沈黙守る韓国の進歩勢力に問いかけたり(「朝鮮日報」2月28日)、オバマ大統領夫人とクリントン国務長官宛てに手紙を送付したりもしています。その間、彼女の公開電子メールでの呼びかけに応じて、進歩勢力のキーパーソンの安哲秀ソウル大学融合科学技術大学院院長が3月4日集会の現場に彼女を訪れ、手を取り「以前から高い関心を持っていた。李教授からの手紙を受け取り、非常に心が痛かった」と話すと、彼女は泣きながら何度も「ありがとう」とお礼の言葉を繰り返したことは、政治的にも注目されるべきことでした。(「朝鮮日報」3月5日) 彼女は現在も断食闘争続行中です。

 これらのことによって脱北者への注目度が高まるとともに、一般市民の人たちもこの運動に関わるようになっているようです。

 たとえば、「日頃脱北した子どもや若者に勉強を教えている大元外国語高校のボランティア・サークルのメンバー14人が北朝鮮人権リレー写真展、音楽会、強制送還反対署名運動、そして中国の刑務所に拘禁されている脱北者に希望の手紙を送る運動などを展開する予定」(「朝鮮日報」3日)とか、「国内外の大学生70人あまりで構成されたインターネット放送局の「リアルコリア」が脱北者の強制送還を即時中断するように訴えた」等々。(「東亜日報」9日)

 以上、この脱北者強制送還反対運動について、主に運動の担い手の側に焦点を絞ってその展開をたどってきました。この拡大する運動の影響が、韓国の政界や政府にも波及し、さらには国際社会でも注目されてきているようです。
 その方面については、また続きの記事で書くことにします。

◎つけたし&予告
 さて、この記事を書くにあたって読んだ韓国紙の過去記事の中で「アレレ!?」と驚いたのが、そもそもの発端のニュースが「実は誤報だった!」(2月15日「中央日報」)というもの。
 最初の方に引用した「・・・危機にある脱北者10人が韓国の国家人権委員会に緊急救済を要請した」13日人権委員会が明らかにした」というニュース中の「人権委員会が明らかにした」という部分が事実と異なるというもので、「ある人権委員が秘密情報を外部の人間(知り合い)に漏らしてしまった」というのが正しいらしいのです。
 そのため韓国政府や外交通商部(日本の外務省に相当)は苦心したようですが・・・。
 あ、このあたりは次回で・・・。