だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

供養について

2011-04-18 22:25:19 | Weblog

 今回の地震で思うのはやはり死と生についてである。何の前触れもなく、心の準備もなく、これほど多くの人たちが一度に死んでしまった。3月11日の朝、人々はごくありきたりの日常の時を過ごしていたはずである。それが夕方には人生が突然断たれてしまったということに、たじろいでしまう。

 室町時代には全国で飢饉が繰り返し発生した。村が全滅したというようなことが珍しくなかったらしい。生き残った人たちは、何年かしてなんとか生活が落ち着いてくると、亡くなった人たちの霊をなぐさめるために特別な供養の会をもつようになった。それが盆踊りのはじまりとされる。古い形式を残している地域ではそれは念仏踊りである。

 氏神信仰がさかんになったのもその頃であろう。氏神とは、そのムラに最初に開拓に入った家の主人が亡くなって神として祀られたものである。かつてのムラでは、誰でも死ねば、ムラの氏神さまと一体化すると考えられていた。氏神さまはいつもは山にいて、子孫を見守り、春の祭りで里におり、イネの生長を見守る。よい収穫が得られれば秋祭りの感謝とともに山に帰る。
 ただ、死んで氏神さまと一体となるためには、子孫の供養が必要不可欠とされた。それがないと、さまよう魂となってしまう。人々はそうなることをもっとも恐れた。そのために子孫の繁栄をなによりも大切に考えて日々を暮らした。足るを知り、山や里の生命と自分たちの世代が受け継いだものを食いつぶさず、次の世代に引き渡そうとした。

 ここには死の意義と豊かさがあり、それが生の内実を支えていた。

 私は毎晩、寝る前に次の日のスケジュールを確認するのが日課である。そのどこかで突然人生が終わったとしても、だいじょうぶなように今この瞬間を生きているだろうか。それは意義ある死となるだろうか。はなはだ心許ない。

 化石燃料や原子力の力によって、生態系の制約から解き放たれたと人類が錯覚してから150年が過ぎた。子どもの子どもの子どものことを真剣に考えて何かをするというようなことはなくなった。そのように考える社会だったら、事故の危険や放射性廃棄物を長く子孫に押しつけなければならない原子力の利用などは選択しなかっただろう。

 その社会には氏神さまの居場所はなく、死の意義も、したがって、生の内実も希薄になってしまった。そのことを深く反省しつつ、そして、東北地方の復興だけでなく被災しなかった私たちの心と暮らしの復興を誓いつつ、亡くなられた方々の冥福を祈りたい。

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 4月24日(日)は哲学者の内山節さんがよびかけた供養の日です。私は名古屋市守山区の東谷山(とうごくさん)頂上の尾張戸(おわりべ)神社にお参りして、供養をしたいと思います。名古屋市東谷山フルーツパークhttp://www.fruitpark.org/から登山道を30分ほど登ったところです。12時頃にお参りしますので、もしよろしければごいっしょに。


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         東日本大震災で亡くなった人々を、みんなで供養しよう

   ―亡くなられた方々の冥福を祈る日をみんなでつくりだすことを呼びかけますー

                          最初の呼びかけ人・内山 節

 

 

   日時  2011年(平成23年)4月24日日曜日

 

この日にそれぞれの場所、それぞれの方法で亡くなられた方々への冥福を祈りまし

ょう。また12時正午にはみんなで祈りを捧げたいと思います。

 

   方法  ご自身の信仰をおもちの方はその方法で、また他の方々はそれぞれが思い

ついた方法で。被災地の方角を向いて手を合わせる、仏壇などをおもちの

方はお線香を上げる、近くのお寺、神社、教会などに集まり祈りを捧げる、

ご自宅に思い思いのデザインの半旗を掲げる、追悼の集まり、コンサート

などを開く、・・・・方法は自分がよいと思う方法で、自分のできる方法で。

国葬のような儀式にするのではなく、全国津々浦々でみんなが送る日にし

たいと思います

 

 

 

 東日本大震災は私たちのなかに驚き、恐怖、悲しみとともに、自分自身もまた「支え合う社会の一員でいたい」という強い意志をも生みだしました。皆様もそれぞれの場所、それぞれの方法で、直接、間接的な被災者への支援の活動をおこなわれていることと思います。私たちの役割はこれからも持続的な支援活動を続けながら、被災地の復旧、復興に協力していくともに、この直接、間接的な活動をとおして社会とは何か、社会はどうあるべきか、暮らしや労働をどう変えていったらよいのかなどを捉え直し、日本の社会を再生させていくことだろうと思います。

 

 その意志を示し、未来への歩みをすすめるために、みんなで東日本大震災で亡くなった方々を供養する日を設定することを呼びかけます。

 

 古来から日本の社会には、災害や「戦」などの後に亡くなられたすべての方々の冥福を祈り、死者供養をする伝統がありました。「戦」の後には敵味方を区別せず供養しました。またそのときには人間だけではなく、巻き込まれて命を落としたすべての生き物たちの冥福を祈りました。さらに災害の後には、大地が鎮まることをもみんなで祈りました。そうすることによって、悲劇に巻き込まれていった生命への思いを共有し、ひとつの区切りをつけ、次の歩みに向かう入り口をつくりだしてきました。

 

 この度の大災害で亡くなられた方々に対してはすでにご遺族の方々などの手によって、精一杯の供養がおこなわれたことだろうと思います。しかしその一方でご家族が全員亡くなられるなどして、誰にも送ってもらうことができないでいる人たちもおられると思います。そのような方々に対してはもちろんのこと、すでにご遺族の方々なとによって供養された人たちに対しても、みんなで追悼、供養してあげようではありませんか。そうすることによって、これからの私たちの決意をも示したいと思います。

 

 この案内を受けられた方は、ご友人、お知り合いなどに転送し、この呼びかけを伝えてはいただけないでしょうか。またホームページ、さまざまなSNSなどでも呼びかけ合うとともに、供養の方法を提案していただければ幸いです。お寺、神社、教会などにも呼びかけ、私たちはこの災害とともにこれから生きていくことを確認したいと思っています。

 

 亡くなられた方々を十分に追悼することなく、未来を語ることに私はためらいを感じます。ここからはじめませんか。



 

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2 コメント

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供養 (丹羽ヤスコ)
2011-04-19 09:07:06
正午に一緒に祈ります。
案内、ありがとうございます。
供養 (よしなが)
2011-04-24 13:25:44
数日前頃、「原発を全部止めたら」などの検索をしていて、こちらのサイトにたどりつきました。
供養についてのご案内を拝読して、とても心に響く感じがしました。
本日12時、自宅にて、被災地の方向を向いて、手をあわせ、お祈りしました。
このご案内を知ることができて良かったです。
ありがとうございます。

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