だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

オカネのはなし(4)

2008-11-05 17:39:55 | Weblog

 ほとんどテレビのニュース番組などは見ないが、ひさしぶりに見た。小室哲哉氏の詐欺罪での逮捕の話と、アメリカ大統領選挙結果がなんだか気になったからだ。

 何をかくそう、私も当時は安室奈美恵さんのCDを買ったくちである。報道によれば小室氏の預金残高は最高100億円に達したそうで、そのごくごく一部に私も貢献したことになる。音楽という歌う端から消えてなくなってしまうものが、それほどのオカネを稼ぐとはやはり尋常ではないような気がする。妙な比較であるが、普通の農家が1haの田んぼで米を作っても、売り上げから経費を引くと自分や家族の労賃分は数十万円の単位であることと比べると、なんだか当惑してしまう。
 小室氏の場合はご本人の才能や努力を差し引いても、やはり宝くじにあたったようなものなのではないだろうか。そして報じられるその後の転落ぶりは、宝くじにあたったことによって生活が派手になって身を持ち崩すという、よくある話そっくりである。

 カール・マルクスは貨幣には物神性がある、とアニミズムのようなことを言っている。この場合は、オカネは一見するところでは社会の運営をなめらかにするためのツールであり、人間が使うものであると考えられるが、実はそれ自身一種の独立性、運動性を持っていて、逆に人間を奴隷として使役するご主人さまに転化する、という話である。
 多額の借金をかかえて、小室氏はオカネの奴隷として何年も過ごさねばならなかったのだろうと思う。その苦しさを思うとぞっとする。そしてその構図は、オカネを使いたい放題に使う側にいたと思っていただろう成功の日々の中に組み込まれていた。彼は世界一の音楽事務所(音楽の内容ではなく売り上げが)をめざしていたそうで、そのこと自体がすでにオカネの奴隷としての意識を体現している。

 アメリカの大統領選挙は、サブプライムローン問題に端を発した金融恐慌によって、雪崩的に民主党候補に票が流れることになった。そもそも1980年代から進行した金融のグローバリゼーションというのは、オカネが余ることによって、余ったオカネが投資・投機先を求めて国境を越えて世界を放浪することによって発生した。
 オカネはそもそもどこかに投資され、それによって事業が行われ、利益とともに回収されるというサイクルを持つ。事業によって生産された商品の方は消費されたり耐用年数が来たりしてこの世界から消滅するにもかかわらず、その対価として発生したオカネは永遠に朽ちることがない。石油は掘って燃やせばなくなってしまうが、オイルマネーは決して消えない。オカネが余るはずである。そしてオカネが集まってマネーゲームがはじまれば、オカネがオカネを生み出すという、自己増殖過程に入る。
 そのマネーゲームが行き着いた先がサブプライムローンであった。悪意と無責任を前提とした合法的詐欺と言っても良いこの仕組みは、アメリカ国内を抜け出して世界に不良債権をばらまくことによって、世界のオカネの動きを麻痺させた。こげついた債権が放棄されるというのが、オカネがこの世から消滅する唯一の方法であろう。余りすぎたオカネは自らを消滅させる術を知っていたようである。

 去年から今年にかけて私がもっとも頭にきたニュースは、農林中央金庫がサブプライムローンで1000億円の損失を出した、というものである。いなかの地域経済を研究していると、みなさんたいへんな金額の預金を農協に持っていることが分かる。それは本来その地域に投資されてしかるべきなのに、それが中央まで吸い上げられて、あげくのはてにアメリカに投資されているのである。サブプライムでこげついた1000億円が日本のいなかに投資されていたら、どんなによい地域再生事業が生まれたことかと思う。

 この大小二つの事例から学べる教訓はやはり、オカネを使って、オカネに使われず、ということであろう。それは言い換えれば、モノの価値を大事にして、オカネの価値を意識的に見下すということだと思う。意識的に、というのは、普通にしておくと、必ずモノよりもオカネの方がエラクなってしまうからだ。モノは朽ちるがオカネは朽ちない。モノは多すぎると始末に困るが、オカネならば困らない。米を100万円分もらうよりも、お札か銀行口座の数字で100万円分もらったほうがうれしいのはそのせいである。
 そしてそのうち、家族とおいしい食事を楽しむために働いているのか、オカネを稼ぐために働いているのか、だんだん訳がわからなくなってくる。数字の列では全然おなかいっぱいにはならないのに、なぜそちらの方がうれしいのだろう。たまにはニュース番組でも見て、なんだかちょっと変だな、という感覚を取り戻したいものである。

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3 コメント

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オカネ (奥矢作炭やき人)
2008-11-06 12:45:04
確かに、オカネは必要です。「最低限あればいい」などと、カッコイイ事は言えません。正直、あればあるだけいいです。それでも、年収を4分の1にしてでも、山へIターンした私としては、やはり志を前に立てて頑張っていきたいと思っています(やせ我慢だとしても)。
稼ぐための仕事と、生きるための仕事が両立できたら理想的ですよね。生活するための最低限を稼ぎ、残りの時間は生きるために働く。例えばひたすら間伐するとか、自給自足を目指すとか、無償で人のために尽くすとか・・・すごく一般的なコメントになってしまいましたが、ちょっと大事な事だと思います。小室氏逮捕のニュースを見て、私も考えました。まあ、貧乏に慣れてしまったこの身は、億単位のオカネを見てもピンと来ないでしょうけど・・・
 (momo)
2008-11-07 13:15:39
お金で買えないものを、稼いでいらっしゃると見受けられます。
大損 (&)
2008-11-14 01:16:08
だいずせんせい、こんばんは。
いつもお疲れ様です。

今、頼まれ仕事(データ打ち込み)の途中です。
夜中にストーブをつけて疲れ目でパソコンに向かっているうちに、まさに「だんだん訳が分からなく」なりました。先生のブログを読んで少し落ち着きました。

田舎に住んでいると、もらえるお金が少なくとも、その分は自然環境の豊かさで補われているのはないでしょうか。月20万もらって名古屋で食べていくのと、月12万で山で食べていくのとでは、どちらがいいのか?

とはいっても、夜更かししてては何の意味もありませ
んね。もう寝て、早寝早起きして、土地のものを食べて、心と体から田舎を楽しめるようになりたいと思いました。

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