小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

スポーツ上達小説(下)

2018-06-30 08:57:51 | Weblog
さて。
日曜日に、なった。
彼は、車で、で、××テニススクールに行った。
彼女は、もうすでに、来ていた。
「こんにちはー。山野さん」
「こんにちは。佐藤さん」
彼女は、白いテニスウェアを着ていた。
「それでは、さっそく、始めましょうか」
「ええ」
「では、ベースラインに立って下さい」
「はい」
彼は、ネットを挟んで、彼女と、相対した。
「佐藤さん。それでは、ラリーをしましょう」
「ええ」
右利きの彼女に対し、彼は、左利きだったので、鏡面的になった。
それが、彼には、都合が良かった。
「佐藤さん。それじゃあ、ラリーをしましょう。ただし、フォアだけです。だから、佐藤さんは、僕のフォア側に打って下さい。僕は、佐藤さんの、フォア側に打ちます」
彼は言った。
「わかりました」
「それでは、いきます」
そうして、ラリーが始まった。
彼は、彼女のフォア側に打った。
彼女も、彼のフォア側に打った。
フォアのラリーが続いた。
しかし、彼女は、時々、コントロールを誤って彼のバックに、打ってしまうことも、あった。
彼は、バックに来た球は、バックハンドで、彼女のフォア側に打った。
しばし、ラリーをして、彼女の技術レベルを彼は、把握した。
確かに、初中級のレベルだった。
彼女は、初級者が、おちいる、典型的な、欠点に、おちいっていた。
つまり、振り遅れぎみ、である。
テークバックが、遅い。
なので、彼は、それを、何とか、直そうと、彼女を呼んだ。
「佐藤さーん」
「はーい」
「ちょっと、来てくれませんか」
「はい」
ネットを挟んで、二人は、相対した。
「佐藤さん。準備が、遅いですね。テークバックが遅いです。だから、振り遅れぎみになっています。それを、あわてて、強引に返していますから、手の力で、打っちゃっていますね」
彼は、遠慮なく、彼女の欠点を指摘した。
彼は、続けて、話した。
「そこで、ですね。一つ、提案があります」
「はい。何でしょうか?」
「振り遅れ、を、直す方法です」
「どんなことを、するのでしょうか?」
「僕は、佐藤さんの、フォア側にしか、打ちません。ですから、佐藤さんは、正面を向いて、構えないで下さい。最初から、横向きで、ラケットを引いた状態で、構えていて下さい。僕は、佐藤さんの、フォアの、一番、打ちやすい所に、ボールを打ちます。ですから、それを、フォアハンドで、打って下さい」
彼は、そうアドバイスした。
「わかりました。そうします」
彼女は、ニコッと笑って、ベースラインにもどった。
そして彼女は、彼が、言った通り、最初から、横向きで、ラケットを引いた状態で、構えた。
「では、いきますよー」
そう言って、彼は、彼女のフォアに、ボールを打った。
彼女は、それを、返した。
はじめのうちは、彼女の打ち方は、ぎこちなかった。
無理もない。
いつも、正面を向いて、構えていて、打っているのに、始めから、横向きの、構えで、打つ、など、初めてのことだろうから。
はじめのうちは、彼女は、打ちにくそうだった。
彼女も、ボールを、彼のバック側や、離れた所に、打ち返してしまった。
しかし、彼は、彼女の打った球を、全て、追いかけて、返球した。
だんだん、彼女のショットが、彼の、フォアに安定し出した。
それで、彼女は、横向きのまま、ラケットを引いた状態での構えで、彼は、正面向きで、構えて、お互い、フォアハンドストロークだけの、ラリーが、だんだん、途切れることなく、長く続くようになってきた。
20分くらい、そのラリーをした。
彼は、少し、休みが、必要だと思った。
それで、
「佐藤さん。ちょっと、休みませんか」
と、声を掛けた。
「はい」
と、彼女は、答えた。
二人は、ベンチに、隣り合わせ座った。
「どうですか。こういうラリーは?」
彼は、聞いた。
「こんな練習、生まれて初めてです」
「どうですか。こういうラリーは?」
彼は、また、聞いた。
「はじめのうちは、非常に違和感を感じました。でも、だんだん、慣れてくるにしたがって、違和感を感じなくなりました。すごく面白いです。とても、いい練習方法だと思いました」
「具体的に、どんな感じですか?」
「球を打つことのみに、集中できるように、なりました。思いっきり、球を打てるので、何だか、体全体を使って、打っているという感じが、します」
「テニスは、二つの運動要素の合体の運動です。一つは、目的地まで、行く、ということです。それと、もう一つは、体重移動と、腰の回転を使って、ボールに、ウェートを乗せた、本格的なスイング動作で、速い球を打つ、ということです。野球の場合は、バッターは、ボールの所まで走って、行く必要はないですよね。バッターボックスで、構えていて、来た球を打てば、いいだけです。しかし、テニスでは、目的地(つまり、ボールが来た所)まで、走って行かなくてはなりませんよね。しかし、ただ、早く行けばいいというものではありません。ボールのリズムに合わせて、行かなくてはなりません。そして、目的地についたら、しっかり、止まって、構えて、体重移動と、腰の回転を使った、野球選手のように、本格的に、打つ、という運動の合体です。バトミントンの場合は、球が軽いですから、手首だけで、打つことも出来ます。しかし、硬式テニスのボールは、重いですから、しっかりと、体重移動と、腰の回転を使った、野球のスイングのような本格的な、打つ動作で打たなくては、強い球を打てません。また、バトミントンの球は、ノーバウンドです。ノーバウンドの球には、リズムは、ありません。しかし、テニスは、ワンバウンドです。テニスでは、速い球もあれば、遅い球もあります。速い球であれば、こちらも速く、用意し、遅い球であれば、こちらも、それに合わせた、緩い動作で、来るボールを打つ用意をしなくては、なりません。だから、来るボールのリズムに合わせて、ボールを打つ準備をして、ボールが来る地点まで行く、という、動作と、野球のバッティングのように、体重移動と腰の回転を使った本格的に打つ、という動作の、二つの運動要素の複合である、テニスの場合、それを、分解できて、一つの運動要素のみ、を、訓練できるのなら、それをした方が、上手くなれるのは、目に見えています。打っていて、どうでしたか?」
「そうですね。打つことだけに、集中できるので、ラケットを早く引いておく、ということが、いかに、大切か、ということを、実感することが出来ました」
「僕は、不思議でした。どうして、どこのテニススクールでも、こういう練習をしないのかと。コーチは、生徒のフォア側にだけ、打つ、ということくらい、出来るはずです。そうでなくても、コーチは、相手に向かって打ちます。なら、生徒は、正面に来たボールは、回り込んで、フォアで打ってしまえばいいと、思います。トッププロや、上級者では、かなり速い球でラリーや、試合をしています。それでも、正面に来た、球は、回り込んで、フォアで打っています。よほど、速い球で、バックでしか打てない球以外、なら、フォアで打てます。ましてや、初級者なら、そんなに速い球は、来ませんから、全部、フォアで打つことも出来るはずです。さらに、極端に言うと、フォアハンドだけで、打つテニス、というのも、成り立つはずです。最初から、フォアハンドで、打つ構えをしていれば、テークバックの遅れ、つまり、振り遅れ、というのは、なくせるはずです」
「確かに、プロは、かなり速い球でも、フォアに回り込んで打つ、ということも、していますね」
彼女が言った。
「では、一休みしたので、また、ラリーをしましょう」
「はい」
「佐藤さん。一つ、アドバイスさせて下さい」
「はい。何でしょうか?」
「ラケットを持っていない手、つまり、左手ですが、僕が打ったら、ボールをつかむように、その手を伸ばして下さい」
「はい。わかりました」
そう言って、彼と彼女は、ネットを挟んで、相対した。
「では、いきますよー」
そう言って、彼は、彼女のフォアに、ボールを打った。
だんだん、彼女のスイングが、ビュッと、速くなっていった。
当然、彼女の打つ球も、速くなっていった。
だんだん、彼女の、フォアハンドのスイングのフォームが、安定していった。
20分、くらい、彼は彼女と、ラリーをした。
「佐藤さん。ちょっと、休みませんか」
と、彼は、声を掛けた。
「はい」
と、彼女は、答えた。
二人は、ベンチに、隣り合わせ座った。
「どうでしたか?」
彼は微笑して聞いた。
「テークバックを、早くする、ということの、重要性が、実感できました。今まで、漫然とやっていたので、わからなかったのですが、山野さんの、指導のおかげで、わかりました」
「そうですか。それは、良かったですね」
そう言って、彼は、続けて言った。
「なぜ、テニスで、ラリーをする時、初心者に限らず、誰でも、正面を向いて構えるのか、というと、その理由は簡単で、その方が、自然な感覚だからです。最初から、横向きに構えて、ラケットを引いている方が、よっぽど、不自然な感覚です。しかし、もう一つ、正面を向いて構える、理由があります。それは、フォアにボールが来た時、打つためには、当然、体を横向きにしますよね。そして、その時、ラケットも引きますよね。というか、体を横向きにすれば、ラケットは、自然と後ろに引かれますよね」
「ええ」
「この、正面向きから、体を横向き、にする、という動作が、コックや、ヒッチになるからです。コックや、ヒッチ、という言葉は、知らない人もいると、思います。これは、野球のバッティングで、使う言葉だからです。しかし、原理は簡単です。し、また他の、球技でも、行われています。コックや、ヒッチ、とは、球を打つ前に、力を抜くこと、と、(せーの)、と、打つ意識を、新たにすることです。つまり、打つための準備動作です。例として、バトミントンを考えてみて下さい。バトミントンでは、打つ前に、ラケットを後ろに引きますよね。テニスで言えば、テークバックに相当します。バトミントンで、もし打つ前に、ラケットを後ろに引かなかったら、強いスイングが出来ませんよね。バレーボールでは、スパイクを打つ前には、手を後ろに引きますよね。そして、打つ前には、手の力を抜きます。そして、打つ時に、ビュッ、と力を入れます。それが、コック、や、ヒッチです。つまり、球技では、ラケットのような、道具を、使うスポーツであろうと、使わない素手のスポーツであろうとも、強い球を打つためには、予備動作である、コック、や、ヒッチが必要なのです。テニスでは、正面向きから、横向きになる動作が、コック、や、ヒッチになっているのです。しかし、最初から、ラケットを引いたままだと、コック、や、ヒッチする、という感覚が起こりません。だから、思い切り、打てないような感覚になります。だから、誰も、そんなことをしないのです。しかし、最初から、横向きで、テークバックをしていても、打つ時には、必ず、コック、や、ヒッチ、をします。というか、コック、や、ヒッチが、自然に起こります。なぜなら、強く打つためには、コック、や、ヒッチが必要だからです。なので、最初から、ラケットを引いたまま構えていても、ボールが来て、思い切り、打とうと思ったら、自然と、コック、や、ヒッチ、が起こります。正面向きから、横向きになる動作は、いわば体全体の、コックや、ヒッチ、です。ですから、最初から、横向きだと、打つパワーは、確かに、少し、落ちます。しかし、それでも、打てないことは、ありません。つまり、ラケットを引いたまま、構えていても、ボールが来たら、打つ時には、(せーの)、と、言って、あらためて、打つ準備動作をしていますよ。最初は、違和感を感じるでしょうが、慣れれば、それで打てるようになります。振り遅れ、を、直すには、最初から、ラケットを引いておけば、いいのです。打つパワーは、少し、落ちますが、打てないことは、ありません」
時計を見ると、ちょうど、レンタルの2時間が経っていた。
「京子さん。もう時間ですね」
「ええ」
「あ、あの。山野さん」
「はい。何でしょうか?」
「また、いつか、コートを借りて、教えて頂けないでしょうか?」
「ええ。いいですよ」
「あ、あの。山野さん」
「はい。何でしょうか?」
「あ、あの。近くのガストで、一緒に、食事しませんか?」
彼女が聞いた。
「は、はい」
彼は、赤くなって答えた。
しかし、この場合、彼女に、こう聞かれたら、「いえ。いいです」、とは、言うことは、出来ない。
彼女に、恥をかかせてしまうからだ。
彼女を、悲しませてしまうからだ。
二人は、それぞれの車に乗って、近くの、ガストに入った。
「たまには、肉を食べたくって」
と言って、彼女は、ステーキ定食を注文した。
彼も、彼女と、同じ、ステーキ定食を注文した。
食べながら、彼は、彼女に話しかけた。
「京子さん」
「はい。何ですか?」
「京子さん。実を言うと、僕は、京子さんと、入れ違いで、会えなかったのではなくて、引地台温水プールに行っていました。スポーツの、上達は、短期間で、上手くなれるものではないので・・・。なので、一週間、や、二週間、程度、で、あなたに会って、あなたに、(なかなか上手くならなくて・・・)、と、失望の言葉を聞きたくなかった、からです」
「そうだったんですか。山野さん、て、思いやりがあるんですね」
と言って、彼女は、ニコッと、笑った。
「では。また、今度、テニスを教えてくれないでしょうか。今度は、バックハンドを、教えていただけないでしょうか」
「ええ。いいですよ」
彼は喜んで答えた。






平成30年6月30日(土)擱筆







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