小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

天皇の政治利用

2019-04-19 16:16:18 | Weblog
天皇の政治利用。

僕にとっては、天皇制、は、あっても、なくても、どうでもいいものである。

豪雨災害、とか、地震、とかの、被災地を、天皇は、見舞うが、そして、天皇に、慰められている、被災者は、それを、ありがたがっているが。

もし、僕が、被災者の立ち場だったとしたら、天皇に、慰められても、嬉しくも、なんともない。

慰めの言葉より、「金をくれ」、と、思うだろう。

皇族は、自分らは、国民の税金で、裕福な生活をしているのに。

しかし。

天皇制は、あっても、いいと、(否)、あった方が、少しは、いいと、思う。

それは、天皇制があることによって、日本は、他国に、戦争を、出来にくくなっている効果、と、そして、他国が日本に、戦争を、ふっかけにくい雰囲気の効果を、多少は、つくっている、と思うからだ。

しかし、それは、ほんの少しの効果しか、ないと思う。

なので、天皇制は、なくても、構わないとも思っている。



では。

逆に。

「天皇制は、絶対に、破壊してはならない」

と、熱烈に、主張する人は、多いと思うが。

そういう人の中で、天皇制が、なくなりそうな危機になった時。

自分の命をかけてまでも、天皇制を守ろうと、する人が、はたして、いるだろうか?

と、僕は、疑問に思っている。

(おそらく、いないだろう)

自分の、幼い子供が死にそうになった時、ほとんどの母親は、自分の命をかけて、子供を守ろうとするだろう。

また、辺野古の埋め立ての阻止に、命をかけて、抵抗する人は、いると僕は思う。(翁長雄志元沖縄県知事は、そうだった)

しかし、天皇制が無くなりそうになった時に、自分の命をかけて、天皇制を守ろう、と、する人は、僕は、いない、と思っている。

つまり、天皇制は、巨人ファンが、巨人が、リーグ優勝して欲しい、と思っているのと同程度の、情熱でしかないと、僕は、思っている。



また、僕は、天皇制を無くすことが、日本の伝統の破壊だとも、思っていない。

天皇制というものは、現在に至るまでの、日本の歴史の中で、厳然と存在したものであり、過去の歴史は、変えることは、不可能だからである。

だから、天皇制を、無くしても、日本には、天皇制があった、という、事実を、日本の、過去の歴史の遺産として、大切に保存しておけば、それでいいものだと思っている。

なので、僕は、天皇制は、あっても、なくても、どっちでもいいと思っている。
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
« 人間性は変わりうる | トップ | 世間では、天才の定義、がい... »

Weblog」カテゴリの最新記事