太田米屋の向かいには山口酒店という酒屋があって、もちろん小売りもするが、飲み屋に酒を卸して利益を上げていた。
酒を売る以外に、飲み屋に空き物件をを紹介したり、店の内装、従業員集めまで面倒を見ていた。
もちろん飲み屋は、あとあと山口酒屋から高い酒を買うことになる。
ある日の新聞に、山口酒屋に警察の手が入ったと、大きな記事が出た。
何でもサントリーオールドの中身をトリスに入れ替えて売っていたという。
当時オールドは2800円、リザーブは3200円、トリスは780円だった。
山口酒店はウイスキー1本の中身を入れ替えるだけで、2800円-780円=2020円を手にしたのだ。
その手口はこうである。
山口酒店は取引のある飲み屋から、空になったオールドのボトルを回収してくる。
それを洗うんだか洗わないんだか知らないが、漏斗を使ってトリスを注ぐ。
多分満タンにしないで、50mlほど少なめに入れただろう。
結託した工務店がボトルの口金を再封印する。これで完成。
濡れ手で粟の錬金術であった。
偽装がばれたのは、やはり客の舌によってだった。
ある客が飲み屋で「オールド」を飲み、「これは不味い。絶対にオールドではない」と騒いだことから、サントリーが現物を分析して発覚したのだ。
「トリス」を「オールド」として売られたのでは、サントリーだってたまらない。
オールドは「だるま」と呼ばれて人気があったが、それほど美味い酒ではなかった。
小洒落たCMで売れていただけで、ほんとに美味いと思えるのはリザーブ以上の酒だった。
オールドは今安くなり、1280円ほどで買えるが、味相応の価格は980円ほどだろう。
間もなく山口酒屋は廃業したが、店主の弟がK市で別の名前で酒屋を出した。
この店は今も営業中である。
「米屋はごまかす」が、「酒屋もごまかす」ことが分かった。