DAISPO WORLD BOXING EXPRESS

今年もやってるやってる~

続「ボクシング 10年」PartXIII(意外!?名王者多し!)

2021年06月14日 05時30分49秒 | ボクシングネタ、その他雑談

このDaispo Boxingを始めた当初、不定期ながらも数回に渡り「ボクシング10年」という、自分(Corleone)がボクシングに興味を抱いてからの約10年の間のボクシング界について、ザっとしたものを書いていました。第一弾は2004年6月23日。当時引退したばかりのリカルド ロペス(メキシコ)がどれだけ凄いボクサーで、軽量級、特にミニマム(旧ストロー、105ポンド/47.63キロ)とそのひとつ上のライトフライ(旧ジュニアフライ、108ポンド/48.97キロ)のその後の課題はロペスの後継者を生み出すことであると強調しました。

昨年の9月にSuperchamp1991というものを購入。そこには私がボクシングに惹かれる直前、1991年春先の世界王者たちの顔ぶれが掲載されています。その顔ぶれを見てみると懐かしさと同時に、自分にとって新鮮味がある王者たちが載っています。あの時代から30年。「ボクシング10年」の続編的ものとして各階級の世界王者たちを簡単に紹介しています。

今回は上から数えて3つ目の階級であるライトヘビーを選びました。いつものようにまずは1991年春先時点での、同級王者たちの顔ぶれを見てみましょう。防衛回数は当時のものになります。

WBAライトヘビー級:バージル ヒル(米/防衛回数10)
WBCライトヘビー級:デニス アンドリュース(英
/2)
IBFジュニアミドル級:チャールズ ウィリアムス(米/5)

このクラスは「ライト」という言葉が付きますが、全団体共通して「ライトヘビー」と呼んでいます。

ライトヘビー級は万年地味なクラスという印象がありますが、どうしてどうして。きらびやかな選手はいないかもしれませんが、当時のライトヘビー級には全階級を通じても安定度が高い選手が常に存在するクラスでした。そして1991年初頭のライトヘビー級を語るとき、まずはまだまだマイナー団体だったWBO王者マイケル モーラー(米)を語らなければなりません。

(ライトヘビー級、ヘビー級の2階級を制したマイケル モーラー)

この時点、1991年の春の段階ではすでに「前ライトヘビー級王者」だったモーラー。後にイベンダー ホリフィールド(米)を破り、IBF/WBAヘビー級王座を奪取。ヘビー級史上初のサウスポーの世界王者という名誉も獲得した名選手でした。ライトヘビー級時代のモーラーは、1988年師走にWBOの初代王座に就くと、その後2年半の間に10連続防衛に成功。22戦全勝全KOというパーフェクトレコードを引っ提げて、ヘビー級に転向していきました。モーラーの後釜に就いたリーオンザー バーバー(米)はモーラーの後輩にあたる選手で、モーラー同様に米国・デトロイトの名門ジム、クロンク出身の選手でした。このバーバーから王座を奪ったのがその王座を23度守ったダリウス ミハエルゾウスキー(ポーランド/独)となります。

モーラーはヘビー級に上がったあと、その打たれ脆さを暴露してしまい、時々豪快なKO負けを喫する事がありました。しかし2008年まで戦い続け、合計3度ヘビー級王座を獲得する事に成功。2つの世紀をまたぎ活躍した重量級を代表する好選手でした。

当時のライトヘビー級は「クロンク」というか、伝説の「ヒットマン」トーマス ハーンズ(米)の影響が強く残っていました。WBA王者のヒルはこの年の6月にハーンズと対戦。僅差の判定負けを喫し、王座から陥落。しかしヒルの活躍はその後も続きます。翌1992年9月には同王座に復帰し再び10連続防衛に成功。そして2度目のライトヘビー級王座から転落後は、一階級上のクルーザー級で2度WBA王座を獲得するなど、2007年まで戦い続けました。一旦は現役から身を引いたヒルでしたが、2015年に一試合のみリングに復帰し勝利を収めています。ヒルもまたモーラー同様、重量級を代表する名選手でした。両者がライトヘビー級王者として君臨していた時、王座統一戦の話しもありました。しかしその一戦は実現せず。でも見たかったですね、「モーラー対ヒル」という重量級屈指の好カードを。

(ライトヘビー級史に残る名ボクサーだったバージル ヒル。トーマス ハーンズには苦杯を喫しています)

クロンクジムの影響と言えば、当時モーラーはクロンクジムに所属。WBOスーパーミドル級の初代王者だったハーンズも、当然のことながらクロンクの選手。そして同団体スーパーウェルター級の初代王者ジョン デビット ジャクソン(米)もクロンクジムの選手でした。

WBC王者アンドリュースは1987年3月に、一度目のWBC王座をハーンズに奪われています。しかしその敗戦後、世界王座への返り咲きを目指すため、宿敵ハーンズが所属していあクロンクジムに移籍。計3度のWBC王座獲得を遂げました。アンドリュースは、モーラーやヒルとは違い、敗戦を重ねながら世界に到達したたたき上げの選手。このように色々なタイプの王者たちが同時に君臨すると、その階級が色華やかに映りますよね。

(3度WBC王座を獲得したデニス アンドリュース)

IBFタイトル保持者のウィリアムスのみが、クロンク外の選手でした。モーラー、ヒルと実力者が君臨していた当時のライトヘビー級でしたが、一部ではこのウィリアムスを同級ナンバー1に推する声もあったほどの実力者でした。最終的に8連続防衛に成功したウィリアムス。1993年の春にヘンリー マスケ(独)にその王座を追われています。マスケは同王座を10連続防衛し、大ドイツ帝国の発展に担い手となりました。その後、マスケはヒルとの2団体王座統一戦に敗れますが、ヒルはミハエルゾウスキーとの3団体王座統一戦に敗れています。

(チャールズ ウィリアムス。彼もまた好選手でした)

ボクシングに関心を寄せ始めた時、ライトヘビー級と聞いてもピンときませんでした。しかしモーラーとヒルが長きに渡ってトップ戦線で活躍したため、同級にも関心を寄せるようになりました。この時点では米国勢中心で回っていた同級でしたが、東ドイツ出身だったマスケが世界王座を獲得後、ミハエルゾウスキーをはじめ、旧東欧圏、ソ連圏のボクサーが勢力を占めるようになりました。その状況はアルツロ ベテルビエフ(露)が2つのベルトを腰に巻いている現在まで続いています。

そういえばこのライトヘビー級、日本人の世界王者はもちろん、世界王座挑戦者すら登場していません。日本のボクシング界が同級に関わる日は永久に来ないような気がしないでもないのですが...。


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