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続「ボクシング 10年」PartIII(ロペス王朝の始まった時)

2020年09月23日 18時00分44秒 | ボクシングネタ、その他雑談

もう16年も前になりますが、不定期ながらも数回に渡り「ボクシング10年」というものを書きました。2004年6月23日にその第一弾を掲載しました。そこでは、当時引退したばかりのリカルド ロペス(メキシコ)がどれだけ凄いボクサーで、軽量級、特にミニマム(旧ストロー、105ポンド/47.63キロ)とそのひとつ上のライトフライ(旧ジュニアフライ、108ポンド/48.97キロ)のその後の課題はロペスの後継者を生み出すことであると述べました。

ロペスの後継者云々の前に、ロペスが世界王者になった頃、ミニマム級にはどんな世界王者たちが君臨していたのでしょうか。ロペスが後楽園ホールでWBCストロー級(当時の呼称)の王座を獲得したのは1990年10月25日。その日、太平洋を渡ったラスベガスでは、イベンダー ホリフィールド(米)がジェームス ダグラス(米)を破り、3団体(WBA/WBC/IBF)ヘビー級王座を獲得しています。現在、2020年の段階ではボクシングの主要団体は前記した3団体にWBOを加えた4団体となっていますが、WBOがボクシング主要団体としての地位を獲得するのは1990年代後半から2000年代前半にかけての事。つい最近の事です。

 

先日購入したSuperchampに、1991年春先の世界王者たちの顔ぶれが掲載されています。早速当時の最軽量級王者たちの顔ぶれを見てみましょう。

WBAミニマム級:崔 煕庸(韓国/防衛回数0)
WBCストロー級:リカルド ロペス(メキシコ
/0)
IBFミニフライ級:ファラン ルクミンカン(タイ/3)

*興味深いことに、3団体揃って呼び方が違ったんですね。ただミニフライ級という名前は、現在でも英語で書かれている海外誌でちょくちょく目にします。

ご存じの通りロペスはこの後、WBC王座を22度防衛していきます。崔 煕庸(チェ ヒヨン)も中々の実績を残すことになり、彼は同王座を4度防衛した後に大橋 秀行(ヨネクラ)に王座を奪われています。しかしライトフライ級に上がり、日本人キラーだったレオ ガメス(ベネズエラ)を破りWBA王座を獲得。2階級制覇を遂げています。その王座の初防衛戦では、大阪のリングで山口 圭司(グリーンツダ)の挑戦を退けています。

一見地味なファランもロペスや崔同様に長らく軽量級シーンで活躍。ミニフライ級の王座は7度防衛した後に失っています。その後ライトフライ級とフライ級で現役を続け、4度ライトフライ級で世界王座に挑戦するも、2階級制覇ならず。しかし2005年4月の最終試合までに勝利を収める事が出来なかったのは世界戦のみ。驚異的実績と言っていいでしょうね。

ちなみにWBO王座にはラファエル トーレス(ドミニカ)が同団体ミニマム級の初代王者として君臨していました。トーレスは同王座を1度防衛後に返上。その後WBA王者だったチャナ ポーパオイン(タイ)に挑戦したり、後楽園ホールでロッキー リン(ロッキー)と対戦したりしています。まずはマイナー団体WBO王座を獲得し、その後主要団体に挑戦するというパターンが当時はよくありました。

1991年版のSuperchampを入手して以来、自分がどれだけボクシング界に疎いかを教えられています。ミニマム級は全17階級で一番層が薄いクラスですが、少し探せばみつかるものですね、好選手たちが。1980年代のボクシング誌増刊号、あれば是非購入したいです!


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