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今年もやってるやってる~

この階級、この選手(フェリックス トリニダード:スーパーウェルター級③)

2018年07月13日 03時54分10秒 | ボクシングネタ、その他雑談
1990年代初頭からこれまでの約四半世紀、それぞれの階級で印象に残った選手を各階級3人ずつ挙げていっています。記載上のルールは各選手、登場するのは1階級のみ。また、選んだ選手がその階級の実力№1とは限りません。個人的に思い入れのある選手、または印象に残った選手が中心となります。

今回がスーパーウェルター級の第3弾、最終回となります。同級の第一弾で登場したのがテリー ノリス(米)でした。私(Corleone)がこの企画を始める時、「スーパーウェルター級では必ずノリスを登場させよう」と決めていました。今回の主人公はフェリックス トリニダード(プエルトリコ)。ウェルター級、このスーパーウェルター級、そしてミドル級の3階級で世界王座を獲得した選手です。


(今回の主人公、フェリックス “ティト” トリニダード)

トリニダードもノリスと同様に、この企画では必ず書こうと決めていた選手でした。しかしどの階級で登場させるかが少々悩みました。42勝(35KO)3敗(1KO負け)という素晴らしい終身戦績の持ち主であるトリニダード。彼の愛称はティト(Tito)と中々可愛らしいものでした。そのティトがプロデビューを果たしたのは彼がまだ17歳だった1990年3月10日。トリニダードの母国であるプエルトリコからは、よく早熟の天才児が誕生してきましたが、彼もその天才児の内の一人。しかしトリニダードは他の天才児たちと違う点は、そのピーク時を長く保ったということでしょうね。驚くなかれトリニダードは、プロ転向前にアマチュア経験があり、プエルトリコ国内王座に5度就くというまさに麒麟児でした。

とにかくパンチが切れましたよね、この選手は。特に変わった特徴的なボクシングをするわけではありませんでした。ガードをしっかりと構えて、常に小刻みに上半身を振りながらすり足気味のフットワーク、ステップを止めない。ていねいにジャブを放ちながら鋭い右、切れ味抜群の左フックで対戦相手にダメージを与え沈めていく。相手の顔面ばかり狙うヘッドハンター気味のきらいもありましたが、IBFウェルター級の14度目の防衛戦で見せたように、ボディーでKOする時もありました。

相手をバッタバッタと次から次へと倒しましたが、自身がコロコロとリングに転がる場面も多数演出しました。面白い事に、トリニダードが唯一KO負けを喫したバーナード ホプキンス(米)戦と、最終戦となったロイ ジョーンズ(米)との一戦以外に喫したダウンは、すべて2回に起こりました。トリニダードが現役時代の頃有名な話でしたが、ダウンはトリニダードにとって目覚まし時計の役割を果たしていたというのは興味深いですよね。

最終戦を2008年1月19日に行ったトリニダード。スーパーライト級で始まったそのキャリアですが、最後はライトヘビー級で戦っています。まあ、最後のロイ ジョーンズ(米)との一戦のみライトヘビー級(ほとんどスーパーミドル級の体重)で戦っており、実質はミドル級までと考えるべきでしょう。

トリニダードのキャリアを振り返ってみると、彼が行った全45戦がいかに充実していたかが分かります。何といってもそのキャリアの約半分の21戦を世界戦というひのき舞台に登場したのですから。トリニダードのキャリアは大きく4つに区切ることが出来るでのはないでしょうか。

第一期はプロデビューから19戦目、1993年5月8日に行った対コリン トムリンソン(セネガル)まで。トリニダードはこのトムリンソンとの戦いの次の試合で世界王座を獲得しています。スーパーライト級のリミットより若干軽い体重から、ウェルター級リミットを少し上回るウェートで戦ったこの間のティト。母国プエルトリコのリングを中心に、イタリア、フランス、米国(マイアミ州)、メキシコのリングにその雄姿を現しています。この間、KO/TKO出来なかった試合は僅か3。その間にトリニダードが戦いった著名選手には、2度世界王座に挑戦したアルベルト コルテス(亜)や、後のIBFスーパーライト級王者ジェイク ロドリゲス(米)が含まれています。

第二期はウェルター級での世界王者時代。1993年6月19日にモーリス ブロッカー(米)を僅か2回で仕留めた試合から、1999年9月18日に当時のスーパースター・オスカー デラホーヤ(米)を僅差の判定で破り、WBC王座を吸収した試合までになります。ブロッカー戦は上記のトムリンソンから僅か1ヵ月後に行った試合。それらの試合が僅か初回、2回で終わったからといっても驚異的な試合ペースですよね。ウェルター級での活躍のみに焦点を当てたとしても、トリニダードがプエルトリコ史上、いやボクシング史上有数の実力者だったといっていいでしょう。同級でトリニダードか重ねた防衛回数は何と15。これは凄い数字なんですが、なぜだかあまり話題にあがりません。ちなみにウェルター級での15連続防衛というのは、ヘンリー アームストロング(米)が築き上げた19に次ぐもの。トリニダードが世界ウェルター級王者として君臨した6年8ヶ月半というものは、同級史上最長となります。

      
(デラホーヤを破り、WBC王座を吸収)

トリニダードがウェルター級王者時代に打ち破った選手たちの中には、3階級を制覇したプエルトリコの先輩で、スピードスターだったヘクター カマチョ。後にIBFスーパーウェルター級王座を獲得する百戦錬磨のメキシカン、ヨリ ボーイ カンパス。トリニダード、アイク クォーティー(ガーナ)、デラホーヤと当時のウェルター級の超一級を苦しめた無冠の帝王オーバー カー(米)。IBFライト級の王座に就いたしぶといフレディー ペンドルトン(米)。ボクシング史上屈指のテクニシャン、パーネル ウィテカー(米)。まあ、トリニダードと対戦した時のウィテカーは全盛期をかなり過ぎてはいましたが。そして最後は6階級を制覇したデラホーヤ。こう並べてみると、ウェルター級時のトリニダードがいかに凄かったかは一目瞭然です。

   
(歴戦の雄、カマチョ、ウィテカーを寄せつけず)

第三期は最初の2期に比べて非常に短い期間になります。その期間は2000年に行った僅か3試合のみ。ウェルター級王座獲得前や、ウェルター級王者時代にスーパーウェルター級の無冠戦に登場しましたが、あくまでここでの焦点は、スーパーウェルター級で行った3つの世界戦のみに限定します。

デラホーヤ戦前から減量苦に直面していたトリニダード。147ポンドのウェルター級から154ポンドのスーパーウェルター級に階級を上げたプエルトリカンは、まさに水を得た魚。強豪選手を達を見事なパフォーマンスで破っていきました。まずは2000年3月。アトランタ五輪で米国に唯一の金メダルもたらしたデビット リードをバッタバッタとフロアに送りまくりWBAスーパーウェルター級王座を獲得。同年7月、欧州で敵なし状態だったママドゥ チャム(仏)を相手に会心のパフォーマンスを見せ初防衛に成功。そして最後はその年の師走、暴れん坊フェルナンド バルガス(米)を劇的な最終回TKOに破りIBF王座の吸収に成功。この年のトリニダードはまさに怒涛の快進撃。デラホーヤが持っていたスーパースターの称号を強奪するとともに、自身の勢いに歯車をつけていきました。2000年という年はまったくもって、トリニダードのためにあった一年と言っていいでしょうね。

  
(リードを下し、2階級制覇に成功)

      
(大激戦だったバルガスとの統一戦)

トリニダードが獲得した王座(獲得した順):
IBFウェルター級:1993年6月19日獲得(防衛回数15)
WBCウェルター級:1999年9月18日(0)
(*2団体ウェルター級王座の統一に成功)
WBAスーパーウェルター級:2000年3月3日(2)
IBFスーパーウェルター級:2000年12月2日(0)
(*2団体スーパーウェルター級王座の統一に成功)
WBAミドル級:2001年5月21日(0)

(*トリニダードはキャリアの後半に下部組織王座をいくつか獲得しましたが、明確な情報/タイトル名が分からないため割愛させていただきます。)

スーパーウェルター級での活躍に満足することなく、ミドル級に進出を図ったトリニダード。2001年の5月には、日本でもお馴染みのウィリアム ジョッピー(米)を豪快に破りWBAミドル級王座を獲得。楽々と世界3階級制覇を達成してしまいました。後々考えてみると、ミドル級進出はかなり急ぎすぎていた感があります。ジョッピーが予想以上に早く終わり(5回)、パンチの切れもウェルター級、スーパーウェルター級時に劣らず。しかしここらで先を急がずに、数度の防衛戦を重ねていたらそれ以後のキャリアもかなり違っていたのではないでしょうか。まあそんなことを言ったらきりがないですが。


(ミドル級のジョッピーすらよせつけず)

同年9月、当初は同月の15日に予定されていた試合でしたが、試合地であった米国・ニューヨーク州で起こったテロ事件のために2週間延期となった3団体ミドル級の王座統一戦。WBA王者トリニダードは、自身キャリア最強の相手と対戦することになりました。トリニダードが拳を交えたのは、IBFとWBCの2冠を保持していたバーナード ホプキンス(米)。ホプキンスは今でこそミドル級史上最高の選手の一人として数えられていますが、当時はまだ、実力がある地味な選手程度にしか認知されていませんでした。「トリニダードが3団体王座統一に成功するのでは?」という期待的予想もあったのですが、この試合での主役はあくまで苦労人ホプキンスでした。トリニダードは最終回にTKO負けを喫してしまいますが、11回終了時までの公式採点でもホプキンスに大きく後れをといっていました。また、試合内容もトリニダードの逆転が予感出来るものではなく、ホプキンスが徐々に、徐々にとライバルを追い込んでいくものでした。この試合後からですよね、ホプキンスがその実力を本当に評価され始めたのは。そういえばリカルド ロペス(メキシコ)の最終戦、対ゾラニ ペテロ(南ア)との一戦はこの試合と同じ興行で行われました(ロペスの8回KO勝利)。

   
(ホプキンスには完敗)

41戦目にして、初の黒星を喫してしまったトリニダードですが、一言でいえば相手が悪かったです。ホプキンスはこの後、デラホーヤすらもKOしてしまうんですから。このホプキンス戦も含め、トリニダードにとっての第四期はミドル級から引退まで。彼のキャリアにとっておまけのようなものでしょう。翌年5月、元WBCミドル級王者アッシン シェリフィー(仏)との再起戦に臨んだトリニダード。この試合のトリニダードは、ウェルター級やスーパーウェルター級時を彷彿させる切れ味鋭い素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。それはまさしく、「トリニダードもミドル級の体に慣れてきたな」と思わせるものでした。しかしシェリフィー戦後、ホプキンスとの再戦交渉が難航したため、トリニダードは現役からの引退を発表してしまいました。

その後2004年10月にリング復帰を果たしたトリニダード。問題児リカルド マヨルガ(ニカラグア)をドタバタの打撃戦でTKOしました。再起には成功しましたが、それは全盛期からは程遠いいボクシング内容でした。案の定翌年5月に行ったロナルド ライト(米)との一戦では、ピーク時のトリニダードなら勝利することは難しくなかった相手に大差の判定負け。ここで再び引退を表明しています。ここで潔く現役から身を引いていればよかったのですが、2008年1月にもう一度リングに登場。トリニダード同様、全盛期から程遠いいパフォーマンスしか見せられないロイ ジョーンズに完敗し、3度目の引退を表明。ようやく完全なる現役からの徹底をすることになりました。


(ライトにいいところなく敗れたトリニダード)

トリニダードが現役から引退した後、ウェルター級、スーパーウェルター級には幾人もの優れた選手が登場しました。しかし最高時のトリニダードに対抗できるのは、フロイド メイウェザー(米)とマニー パッキャオ(比)ぐらいなものでしょう。トリニダードの後輩であるミゲル コット、ケガさえなければ現役ウェルター級トップであろうキース サーマン(米)、スーパーウェルター級で世界王座を同時制覇したチャーロ双生児(米)らは明らかに格が落ちるでしょう。

トリニダードがウェルター級王者時代の対抗馬だったアイク クォーティ(ガーナ)や、スーパーライト級で活躍したコンスタンチン チュー(露/豪)との一戦も見てみたかったですね。カマチョやウィテカーが全盛の時に戦っていたら、どのような結果になっていたのでしょうか。そういえば一時、トリニダードがウェルター級王者だった時、スーパーウェルター級のテリー ノリス(米)との対戦話も出ていました。この試合も見てみたかったです。

書きながら思ったんですがこのトリニダード、全階級を通じても思い入れ、または印象に残った選手のトップ陣の一角を担いそうな感じがします。
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2 コメント

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ハズレの無い方でした… (中野吉郎)
2018-07-17 23:45:26
あの破壊力~目立たないんですが案外リーチ短かった様な?! けど魅せて頂きました!! 滅茶,尊敬&感謝です!!
Unknown (Corleone)
2018-10-18 05:03:29
トリニダードは色々と特徴のある選手でしたが、あのすり足気味のフットワークが好きでした。彼の同胞で、現WBOライトフライ級王者アンヘル アコスタもトリニダードの影響を多大に受けた選手でしょうね。トリニダードの愛称である「ティト」も引き継いでいますし。

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