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今年もやってるやってる~

この階級、この選手(オーランド カニザレス:バンタム級①)

2015年02月19日 07時32分40秒 | ボクシングネタ、その他雑談
1990年代初頭からの約四半世紀、それぞれの階級で印象に残った選手を挙げていっております。毎回記載していますが自分自身に科したルールは各選手、登場するのは1階級のみ。また、選んだ選手がその階級実力№1とは限りません。しかし今回はその階級歴代でもかなりの実力者といわれる選手の登場となります。

川島 郭志(ヨネクラ)、ジョニー タピア(米)、徳山 昌守(金沢)と3名の元スーパーフライ級王者たちが続きました。今回からはバンタム級になります。この4半世紀のバンタム級最強といえばこの人、IBF王座の16連続防衛に成功したオーランド カニザレス(米)。世界戦のみの戦績は16勝(10KO)1敗1無効試合。唯一の敗北は、スーパーバンタム級(当時のジュニアフェザー級)での2階級挑戦試合で喫したもの。バンタム級時代はまさに無敵を誇っていました。



カニザレスのボクシングスタイルを簡単に説明すると、元WBOフライ級、スーパーフライ級王者オマール ナルバエス(亜)の防御技術を持った好戦的な選手、と形容すればいいでしょう。もしくは、現WBAミドル級王者ゲナディー ゴロフキン(カザフスタン)から少々パンチ力を削って、その代わりに攻撃のテンポを上げた選手と言ってもいいかもしれません。

左右前後へのフットワークを駆使し、攻め込むときはガンガンといく。その攻撃時、驚くべき事にスリッピング・アウェー(首を振って相手のパンチを軽減させる防御技術)が伴っていました。正直、カニザレスの試合を始めて見た時驚きました!カニザレスの全盛期は25年ほど前になりますが、現在のボクシング界でも十二分に通用する選手でしょう。

カニザレスの終身戦績は50勝(37KO)5敗1引き分け。65%のKO率を誇りました。凄いのは5敗の内4敗までが1対2、もしくは0対2に僅差の判定負け。デビュー2年目にポール ゴンザレス(米)の保持するNABFフライ級王座に挑戦し大差の判定負けを喫していますが、世界王座獲得後、カニザレスはゴンザレスにしっかりと雪辱を果たしています。



1984年にプロデビューを果たしているカニザレス。2連続KO勝利を収めるも、3戦目には引き分けを経験しています。上記のゴンザレス戦後、再び白星街道を走り出したカニザレス。1987年末のNABFフライ級王座を皮切りに、翌年初めにUSBAジュニアバンタム級(現スーパーフライ)を奪取。そして夏にはケルビン シーブルック(米)を最終15回(!)でストップしIBFバンタム級王座を獲得しています。

1988年7月から1994年10月までIBFバンタム級王座を守り続けたカニザレス。その防衛戦は地元米国テキサス州を中心に、米国東海岸のニューヨーク州、ニュージャージー州、西海岸のカリフォルニア州、ボクシングの中心地ネバダ州、山岳部モンタナ州(!)、そして英国、フランス(2度)、モナコ、南アフリカと相手がいればどこへでも出向き、防衛回数を重ねていきました。また16度の防衛を重ねていく過程で、計3度の無冠戦にも出場しています。

カニザレスが記録した16度のバンタム級最多防衛記録。問題が一つ、12度目の防衛戦対デリック ホワイトボーイ(南ア)戦で起こっています。両選手五分の試合展開で迎えた3回、南アフリカ人が負傷しそこで試合はストップされてしまいます。結果は無効試合として記録されたこの一戦。多くの場合、このホワイトボーイ戦も防衛記録として数えられえていますが、中にはこの無効試合をカウントしない動きもあるようです。もしその場合、カニザレスの樹立した記録は、戦後マヌエル オルティス(メキシコ/米)が記録した15連続防衛と同位という事になってしまいます(これはバーナード ホプキンスのミドル級王座でも同じ事が言えます)。ただしその一つの違いが、カニザレスの実力に影響するかといえばまったく別問題でしょう。

減量苦のため、バンタム級王座を返上。満を持して2階級制覇に臨んだのが1995年1月。カニザレスが挑んだのは日本でもお馴染みで、当時WBAジュニアフェザー級(現スーパーバンタム級)王座を保持していたウィルフレド バスケス シニア(プエルトリコ)。両雄が技術を駆使した一戦は、あっという間に12回が終了。拮抗したラウンドが続きましたが、バスケスが若干のリードを保ち王座防衛に成功。見ている側としては、カニザレスが少々意地になって打ち合いにいっていたように思えました。「もし」カニザレスが勝ちに徹していたら、メジャー団体の世界王者として日本で防衛戦を行っていたかもしれません。

その後実力があり過ぎるため敬遠され、メジャー団体での世界戦が実現しなかったカニザレス。マイナー団体IBCでスーパーバンタム級王座を、そしてIBAでフェザー級王座を獲得しましたが、それらはカニザレスがバンタム級で築き上げた業績から見ればおまけでしかなかったでしょう。おまけといえばIBA王座は1996年の11月、日本の千葉のリングで獲得しています。ただし、1996年3月にバンタム級時代の対抗王者だったジュニア ジョーンズ(米)に喫した僅差の判定負けは痛かったですね。その試合の勝者ジョーンズは、当時無敵を誇っていたWBO王者マルコ アントニオ バレラ(メキシコ)を番狂わせで破るのですから。

カニザレスの獲得した王座(獲得した順):
NABFフライ級:1987年11月12日獲得(防衛回数0)
USBAスーパーフライ級:1988年4月15日(0)
IBFバンタム級:1988年7月9日(16)
IBCスーパーバンタム級:1995年7月15日(2)
IBAフェザー級:1996年11月3日(1)
*千葉のリングに登場!

1999年に引退してから5年後の2004年、当然の如く名誉お殿堂入りを果たしたカニザレス。同時代に活躍したWBA、WBO王者のギャビーは5歳上の兄になります。バンタム級王座返上後、16戦こなしているカニザレス。出来ればメジャー団体2階級制覇を達成してほしかったですね。

   
IBFの古いベルトと現バージョン 

カニザレスの写真を見ていつも目につくのがIBFのベルトのデザイン。現行のものとは少々違います。旧バージョンはIBFの下部組織USBAのベルトに類似していますね。マイケル カルバハル(米)もマイク タイソン(米)もイベンダー ホリフィールド(米)も、最初に獲得したIBFのベルトはカニザレスと同じデザインのものでした。
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4 コメント

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加盟したて!?WOWWOWで見て衝撃的でした!! (中野吉郎)
2015-02-19 09:01:16
対ビリー・ハーディでしたかな!? テキサスの
会場も!?
Unknown (Corleone)
2015-03-01 01:47:44
対ビリー ハーディですか。ちょうど私がボクシングを見始めるちょっと前の対戦ですね。

両者は2度対戦。1度目は1990年の1月、カニザレスがハーディの地元英国に乗り込み2対1の判定勝利を収め4度目の防衛に成功。両者は翌年の5月、今度はカニザレスの地元テキサス州のラレドで8回TKO勝利を収め7度目の防衛に成功しています。この年の9月に、辰吉丈一郎がWBCバンタム級王座を獲得しています。

ハーディはバンタム級で英国、欧州王座を獲得。カニザレスに連敗した後フェザー級に転向し、英連邦、英国、欧州の順でタイトルを集めていきました。1997年5月にフェザー級で自身3度目の世界挑戦を果たしましたが、当時のWBO/IBF王者ナジーム ハメド(英)に99秒でTKO負けを喫しています。3度の世界挑戦はすべて、当時その階級の実力No1選手との対戦でした。
ハーディの詳しい話ありがとうございます!! (中野吉郎)
2015-03-28 00:05:03
対カニザレスU+2161しか印象に残ってないんですが国内の猛者だったっぽいですね!?
Unknown (Corleone)
2015-03-28 02:17:51
中野吉郎さん、
正直私もハーディについてはほとんど知識がありません(苦笑)。

今後もコメントお待ちしております。

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