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今年もやってるやってる~

この階級、この選手(バーナード ホプキンス:ライトヘビー級②)

2019年08月20日 00時09分36秒 | ボクシングネタ、その他雑談

1990年代初頭からこれまでの約四半世紀、それぞれの階級で印象に残った選手を各階級3人ずつ挙げていっています。記載上のルールは各選手、登場するのは1階級のみ。また、選んだ選手がその階級の実力№1とは限りません。個人的に思い入れのある選手、または印象に残った選手が中心となります。

ライトヘビー級第二弾は、同級第一弾に登場したロイ ジョーンズ(米)同様に、ライトヘビー級はおろか、ボクシング史に残る名選手バーナード ホプキンス(米)となります。

(今回の主人公はバーナード ホプキンス)

アマチュア時代からスーパースターの待遇を受けていたジョーンズに対し、ホプキンスはプロ叩き上げの選手。ジョーンズが1988年のソウル五輪に出場するなど華々しい活躍を見せていたとは対照に、ホプキンスは刑務所生活を送っていました。

1988年に仮釈放されたホプキンス。意外や意外、95勝4敗という中々のアマチュア歴を引っ提げて、ジョーンズより半年ほど早くプロデビューを果たしています。1988年10月に、クリントン ミッチェル(米)というこちらもデビュー戦だった選手と対戦し、0対2(38-38、38-39、37-39)の判定負けでプロデビュー戦を終えたホプキンス。その試合はライトヘビー級のリミットを2ポンド上回る177ポンドの体重でリングに上がっています。その後、約70戦の実戦を行ったホプキンスですが、このデビュー戦がキャリアの中で一番重い体重での試合となりました。

プロデビューから16ヵ月後に2戦目を行ったホプキンス。体重を徐々に落としながら、故郷フィラデルフィアのリングを中心とした米国・東海岸を主戦場にし、順当に白星を重ねていきました。

ホプキンスが世界戦に初登場したのは1993年5月。当時空位だったIBFミドル級王座をロイ ジョーンズと争いました。ホプキンスはデビュー2戦目からジョーンズ戦までの間、21連勝(16KO)を飾り、内12試合を初回で終わらせています。その間、フランスで一試合行い判定勝利。また、自身初の王座であるUSBA(全米)ミドル級王座も獲得しています。偶然というのでしょうか、ホプキンスがこのタイトルを獲得したのは1992年師走の4日。その翌日5日に、ジョーンズは初の王座であるWBC米大陸王座を獲得しています。

ホプキンスが世界戦に初登場し、ロイ ジョーンズと初めて拳を交えたのは1993年5月、アメリカの首都ワシントンDC。当時ほぼ無名だったホプキンスが、すでにスター扱いされていたジョーンズを相手に大接戦を展開。僅差の判定(0対3:112-116x3)で敗れたホプキンスですが、試合後の評価は勝敗とは裏腹に向上。『ミドル級にホプキンスあり』とその後の活躍が大いに期待されました。

(競った試合内容だった『ホプキンス対ジョーンズ第一戦』)

ジョーンズ戦から2年後に世界王座獲得を果たすホプキンス。すんなりと世界奪取出来ないところがホプキンスのキャリアらしいと言えば言えなくないかもしれませんね。ジョーンズ戦後、USBA王座を辛抱強く守り続けたホプキンス。2度目の世界戦は1994年の師走、南米のエクアドルでロイが返上したIBFミドル級王座を同地出身のセグンド メルカドと争いました。

アンデス山脈の高地で行われたこの戦い。ホプキンスは慣れない高地での戦いのため大苦戦。何と5回と7回にダウンを喫してしまったホプキンスは12回引き分けに持っていくのがやっとという始末。しかし4ヶ月後に米国で行われた再戦では見事に7回TKO勝利を収め、3度目の正直、自身30戦目の試合で念願の世界のベルトを腰に巻くことに成功しています。

1996年1月に、僅か24秒で初防衛に成功したホプキンス。そこからホプキンスの長期政権が始まることになりました。元WBOスーパーウェルター級、WBAミドル級王者のジョン デビット ジャクソン(米)、IBFライトヘビー級王座を獲得したグレンジョンソン(米)、あのテリー ノリス(米)をKOした経験を持つ2階級制覇王のサイモン ブラウン(米)と、挑戦者の質もかなり高いものがありました。1998年の夏にはロバート アレン(米)との試合中、リング外に転落(クリンチの多い試合で、レフィリーが両選手を分けようとしたため)。その事故で足を負傷したため試合継続不可能に。結局その試合は無効試合となりましたが、このアレンにも翌年にはしっかりとストップ勝ちを収めています。

防衛回数はドンドン伸びていき、専門家やファンからの評価も高かった当時のホプキンスですが、ビックマッチへの出場機会が得られないまま20世紀を終了。しかし新世紀に入り状況が一転します。現在2019年の段階では様々な階級でトップ選手たちが競い合うトーナメントが実施されていますが、2000年代初頭では稀な事。ウェルター級、スーパーウェルター級で強豪たちを退け、スーパースターの座を勝ち得ていたフェリックス トリニダード(プエルトリコ)がミドル級に参戦してきたため、ホプキンス、トリニダードを含む4人の選手によるミドル級勝ち抜きトーナメントが行われました。

(2001年に行われたミドル級トーナメント。ホプキンスにようやくビックチャンスが訪れることに。)

2001年に決行されたそのトーナメント。第一ラウンドではホプキンスがWBC王者キース ホームズ(米)を大差の判定で破り2冠王に昇格。もう一つの試合では、トリニダードが日本でも同じみのウィリアム ジョッピー(米)を豪快に沈め勝利。WBA王座を獲得し、世界3階級制覇達成に成功。この二人が同年9月に、テロ攻撃を受けたばかりのニューヨークで拳を交えました。

接戦が予想されたこの戦い。この世紀の大一番でホプキンスがその実力を発揮します。ミドル級の体重にまだ慣れていなかったトリニダードを、ジリジリと追い詰めていきます。最後まで攻撃の手を止めなかったプエルトリカンですが、ホプキンスの強打の前に撃沈されてしまいます。この敗戦が、トリニダードにとって唯一のTKO負けとなっています。ちなみにこの『ホプキンス対トリニダード』戦の前座にはリカルド ロペス(メキシコ)も登場。自身の最終戦をTKO勝利で終えています。

トリニダードを撃退したことにより、誰もが認める絶対的な選手となったホプキンス。3年後には世界6階級制覇のオスカー デラホーヤ(米)をも沈め、WBO王座を獲得。史上初の4団体王座の統一に成功しました。

(主要4団体のベルトを手にしたホプキンス)

長らく守り続けてきたミドル級王座。初王座獲得からちょうど10年目の2005年7月、勢いに乗る新生ジャーメン テーラー(米)に1対2の判定負けを喫しついに王座から転落。その年の師走に行われた再戦でも判定負けを喫してしまい、王座奪回ならず。「もうホプキンスの時代は終わった」と誰しもが思いました。しかしすでに40歳を迎えていたホプキンスがその真価を発揮するのはここからとなります。

(若きテーラーの勢いに飲まれてしまったホプキンス。日本製のアシックスを履いていますね)


ホプキンスが獲得した王座(獲得した順):
全米(USBA)ミドル級:1992年12月4日獲得(防衛回数4)
IBFミドル級:1995年4月29日(19)
(*1998年8月に行われたロバート アレン(米)との第一戦の結果が無効試合だったため防衛回数には入れず)
WBCミドル級:2001年4月11日(7)
WBAミドル級:2001年9月29日(6)
WBOミドル級:2004年9月18日(1)
(*4団体ミドル級王座の統一王座)
IBOライトヘビー級:2006年6月10日(0)
NBAライトヘビー級:2006年6月10日(0)
(*IBO王座と同時獲得)
WBCライトヘビー級:2011年5月21日(0)
IBFライトヘビー級:2013年3月9日(2)
WBAライトヘビー級:2014年4月19日(0)
(*IBF王座との2団体統一王座)

翌2006年6月、2階級上のライトヘビー級の実力ナンバー1と認められていたアントニオ ターバー(米)と対戦。ターバー有利と見られていた一戦でしたが、ホプキンスがダウンを奪いワンサイドの判定勝利を収めてしまいました。その後、スーパーミドル級で一時代を築いたジョー カルザゲ(ウェールズ)には僅差の判定負けを喫してしまいますが、スーパーウェルター級の帝王ロナルド ライト(米)、ホプキンスからミドル級王座を奪ったテーラーに2連勝を収めたケリー パブリック(米)、そしてロイ ジョーンズ(米)との再戦で勝利を収めたホプキンス。2011年5月に、先日WBAライトヘビー級の暫定王座を獲得しているジャン パスカル(カナダ)を退け、40代半ばにしてWBCライトヘビー級王座を獲得。世界2階級制覇を遂げました。

(ホプキンス、ライトヘビー級の実力者ターバーを完封)

(ジョーンズとの再戦は、ホプキンスのワンサイドマッチに)

その後、本格派チャド ドーソン(米)にWBC王座を奪われたホプキンスですが、強打のタボリス クラウド(米)の攻撃を空転させIBF王者として世界のベルトを奪回。ベイビュート シュメノフ(カザフスタン)の保持していたWBA王座をも吸収してしまいましたが、勢いがあり、総合力も高い現WBO王者セルゲイ コバレフ(露)には完敗。その後もう一試合実戦を行ったホプキンスですが、その対ジョー スミス(米)戦を最後に、30年にも渡る現役生活からの引退を表明しています。

ホプキンスの終身戦績は55勝(32KO)8敗(1KO負け)2引き分け。KO率は48パーセントと意外に低いですね。この長いキャリアで、ホプキンスは4団体のミドル級王座を統一し、3つのライトヘビー級王座を獲得しました。強さ、安定度ではミドル級時代、渋さ、印象の深さではライトヘビー級時代だったと感じます。

ホプキンスは初めて獲得した世界王座であるIBFミドル級王座の19連続防衛に成功しています。「20度ではないのか?」と思われるかもしれませんが、1998年8月28日に行われたロバート アレン(米)との第一戦目の結果は無効試合。引き分けや負傷判定ならともかく、無効試合は防衛回数には入らないでしょう。

ボクシングを知るある知人からよく「ホプキンスとマービン ハグラー(米)、どちらが上かな?」と聞かれます。その質問をされる時、私はいつも逃げます、「歴代のミドル級ナンバー1はホプキンスとハグラーで争われることでしょう。そしてカルロス モンソン(亜)とゲナディー ゴロフキン(カザフスタン)がそれに続く」と。

(勝つのはどちらだ!?時代を超えた戦い『ホプキンス対ハグラー』)

54歳となったホプキンスですが、よくボクシング関係の番組でその姿を見かけます。髪は薄くなり、頭や顎髭には白髪が見られるようになりましたが、まだまだ現役時代と同様引き締まった体をしているようです。時が経つにつれ、その評価をドンドンと上げていくんでしょうな。

 (2019年現在のホプキンス。元ヘビー級王者レノックス ルイスと)


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