アニキ番の1人語り

デイリースポーツのトラ番記者

真実。

2009-09-01 22:22:19 | 日記
 9月です。ついこのあいだまで、沖縄キャンプで泡盛を飲んでいたと思ったら、もう紅葉の季節…。あっと言う間に今シーズンも終わり、また秋季キャンプで安芸へ向かう。1年は本当に早い。歳を重ねるごとに、1年が早く感じるのは僕だけでしょうか。

 この仕事をして14年になりますが、スポーツに関わっていても、人の生死に直面することがあります。先月27日(木曜日)の横浜スタジアム。バックネット裏の記者席からマウンド上、三浦大輔投手の好投をため息混じりに見ていたさなか…まさかの惨事が起こってしまった。8回。代打桧山選手が二塁打を打った直後。ライトスタンドから1人の男性が5メートル下のグラウンドに転落。心肺停止状態で記者席裏の医務室に運ばれ、救急車で搬送されました。医務室の前で泣きながら父親の回復を待つお子さんを見て、胸が締め付けられました。僕と同年代(36歳)。他人事ではなかった。試合後、阪神ナインも皆、悲痛な表情で球場をあとにした。金本選手、新井選手も「その後、どう?脈は?意識は戻った?」と翌日の巨人戦前もずっと男性の容体を案じていました。

 本当に残念でなりませんが、2日後の8月29日、男性は横浜市内の病院で亡くなられました。野球場で、あってはならない悲劇。気持ちの持っていきどころがありません。


 先日の横浜遠征。僕は新井選手と一緒にいることが多かった。2戦目の夜、馴染みのお寿司屋さんへ行ったんですが、そこで、新井選手が、携帯で僕のブログを見ながら、読者の方のコメントに共感していたことをお知らせしておきます。食事の合間、皆さんのコメントを目に通していましたが、とりわけ、〈川西のアニキファンさん〉の意見には「この方の言うとおりだと思う」と強く反応していましたよ。

 ここで、新井選手とお寿司屋さんで交わした会話の中身を少し紹介しましょう。前回のブログでも書いたことですが、タイガースの選手は、観客動員日本一(8月28日にセ・パが今季の観客動員数を発表。両リーグトップは今年も阪神タイガース=1試合平均4万1200人=でした)のファンと、“世界一多い”マスコミ陣に囲まれ、常にそのプレッシャーの中でプレーしている。新井選手は「阪神は、本当にすごいところ」とファンの存在に感謝すると同時に、改めて“雑音”の多さに苦笑していました。そして、新井選手が真剣な表情で、僕に意見を求めたことがあります。金本選手のことです。以下、新井選手の言葉をそのまま書きます。

 「最近、金本さんのタイガースへの貢献度を忘れてしまったかのような論調がありますが、それだけは本当に許せない。誰のおかげでこのチームは強くなったのか。02年のオフに星野さんが金本さんをタイガースへ引っ張ってこられて、明らかにチームが生まれ変わった。岡田監督も本当に金本さんを信頼されて、一度も4番を外さなかった。2度の優勝は、金本さんなくしてあり得ましたか?そんなこと当たり前過ぎて、誰も疑わないはずですよね。多くのタイガースファンの方が夢を見ることができたのも、金本さんの加入なくしてあり得なかった。それを、少し調子が上がらないと、手のひらを返したように、急にたたき始めたりするマスコミがあったり、心ないヤジを飛ばす人がいたりする。新聞でも放送でも、金本さんのことを何も分かってない人ほど、無責任なこと書いたり、言ったりしてますよね。選手は皆、記事やブログ、読んでますから。それ、目の前で言ってくれます?と言いたくなることもある。公平に見て、風さんのブログにコメントされている方は、本当のタイガースファンだと思いますよ。言葉に愛情がある。プロである以上、結果で判断されることは、やっている選手たちも重々理解しています。皆、生活をかけてやってます。自分も、本当のファンの人たちに何度助けられたことか。また、そういう人たちがいるから頑張れるし、そういう人たちがいるからこそ、結果が出なかったときは、『申し訳ない』と思う。金本さんだって、きっとそうです。それと、ファンの方に知っていていただきたいことは、一緒にプレーしている選手がどれほど金本さんを尊敬し、慕っているかということ。僕だけじゃない。皆です。金本さんがタイガースを強くしたことを忘れないで欲しいし、もちろん、今も、金本さんの野球に対する姿勢から、選手が学ぶべきことは多い。風さん、どう思います?僕の言ってること、間違ってますか?」

 僕は箸をとめ、新井選手の言うことをジッと聞いていました。それから、「全然、間違ってないよ」と返しました。新井選手との私的な会話をブログに載せちゃっても大丈夫なんですか?と心配される方もいらっしゃるかな。大丈夫です。偉そうに言う訳ではありませんが、新井選手と僕には「信頼関係」があります。その上で、今回は、僕自身の判断で新井選手の言葉を載せることにしました。

 さて、ここからは少し僕の意見を書きます。コメントを下さった〈だいさん〉が心配されていたこと「一体いまアニキに何が起きているのですか?」についてです。

 金本選手が22日の広島戦(京セラドーム大阪)の8回に併殺に倒れ、悔しさから、自らバットをたたき折りました。僕は記者席から一部始終を見ていました。もちろん、記事も書きました。

 阪神関連のサイト等でも、賛否両方の書き込みを目にしました。
 否の方は、だいたいこういう意見。
 ◎道具を大切にして欲しい。
 ◎バットの職人さんに謝って欲しい。
 ◎子どもも見ているんだから、夢を壊さないで欲しい。
 など。

 あとは僕への批判。
 ◎美談として伝えるのはおかしい。
 ◎ヒーローはサヨナラ安打の桧山選手だろう。
 ◎なぜ、1面にするのか。
 など。

 あの日の試合後、これから“色んな声が出てくるんだろうな”と思いながら、京セラドームの記者席で「1面」を執筆していました。

 先にも触れましたが、あの行為を批判する人はいます。報道関係者の中でも批判する人がいると伝え聞きました。

 ま、吉田風記者は金本選手の“味方”だから擁護するんでしょう―と思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。繰り返しになりますが、色んな意見はあっていいと思います。でも(これは、本日付のデイリースポーツのコラム「アニキ徹底追跡」でも書きましたが)、
 《物事を表面だけで見ると、真実を見誤る》
ということだけは言いたい。
 おそらく皆さんよりは少しだけ金本選手のことを長く近くで見てきた僕には、やはり僕なりの意見があります。それを他の人に押しつけるつもりはありませんが、真のタイガースファンの方には、あまり短絡的な思考をして欲しくないというのが、僕の本音です。

 まず。金本選手は道具を大切にしない人だから、バットを折ったんでしょうか。「道具を大切にして!」という意見の方は、“結果的に折ったんだから、大切にしてないということ”と言われるでしょうね。

 本来、金本選手には“バットをたたきつけることができない”深い理由があります。東北福祉大時代。金本選手は、4年の秋に、球審の判定を不服として、グラウンドにバットをたたきつけたことがあります。野球用具に当たったことは、あとにも先にもこの一度だけだったんですが、これが当時の伊藤義博監督(故人)の逆鱗に触れ、「ユニホームを脱げ」と即刻、退場を命じられました。金本選手は黙ってベンチへ下がった。ユニホームを脱ぎ、1人、球場をあとにした。もちろん金本選手は中心選手。91年の全日本大学選手権の決勝戦(神宮球場)で決勝タイムリーを放ち、福祉大を悲願の初優勝に導いた主砲です。その中心選手に対して、伊藤監督は相当な覚悟を持って「ユニホームを脱げ」と言った。

 毎年、交流戦(楽天戦)で仙台へ行くたびに、金本選手は仙台市内にある伊藤監督のお墓を参ります。僕もここ数年、金本選手に同行して、お墓を参っています。
金本選手が学生生活を振り返るとき、高校時代より、圧倒的に多く大学時代の話をしてくれるんです。「自分のことを信頼し続けてくれた」という伊藤監督への恩義は、金本選手の心の中で、おそらく野球を辞めても、薄れることはないでしょう。一番の恩師からの「教え」が金本選手にとって、軽薄でないことは、想像に難くない。「恩義」を人一倍重んじる人ですから。

 相手に対する礼儀もそう。選手生命を脅かす頭部死球を受けようが、どれだけ危険な球を向けられようが、相手投手を恫喝したことは一度もない。それどころか、逆に恐縮する相手投手を気遣い「次からもどんどん投げてこいよ」と声をかける。“ええ格好”だけで言えることでしょうか。

 何を言いたいか。「用具を大切にする」とか、「子どもが見てるから」とか…言わしていただけるなら、そんなことは、金本選手が普段から「何よりも重んじていること」なんです。金本選手の行動を間近で見て、言葉を間近で聞いているから、分かります。“ひいき目”でも何でもないですよ(笑)。金本選手が、簡単に信念を曲げる人に映りますか。

 ファンの方には、テレビ画面を通して、よく金本選手の野球用具を見て欲しいと思います。グリップの太さを0・1ミリ単位までこだわるほど、1本のバットを慈しむ選手です。かつて、あるメーカー担当者も「そんな選手には会ったことがない」と言っていました。革手袋の赤い染料が、幾十にもバットに染みこんでいるのが分かります。試合後のスイングルーム。遠征先のホテル。自宅…。鏡の前で、金本選手はバットを握り、人の倍、いや3倍、相棒を振り込んでいる。グラブを見て下さい。広島時代から使い込み、疲弊しているのが画面でもはっきり分かります。メーカーさんが「新しいものを」と打診しても、シーズン後にメンテナンス(継ぎ接ぎ)を依頼し、愛着を持って、ずっと変えずに大切に使用しています。

 《用具は、金本選手の肉体の一部》なんです。

 そんな金本選手がヘルメットを投げつけ、バットを折った。

 金本選手は、自らの手で、自らの体を殴ったんです。

 それが僕の見解。

 もちろん、そこには僕も正確には推し量れない金本選手の感情があったと思う。ただ1つ言えることは、あの併殺打だけが悔しくて、あの行為に出たという見方は違うということ。今年のシーズン、100数試合の中で、鬱積した感情が一気に吹き出したものだと思います。正直、僕の知る範囲でも、あまり詳しく言えない部分もありますが、金本選手は今季にかけていましたから。半端なく、かけてましたから。自らの選手生命を全てかけるぐらいの気持ちで今季の開幕を迎えましたから。

 巨人に最大13ゲーム差を跳ね返された昨年の屈辱を胸にスタートした09年。

 「今年は、なにがなんでも勝ちたい。阪神ファンを喜ばせなあかん」

 開幕前、一緒にお酒を飲んだときに金本選手はそう言っていました。

 4月。4割近い打率を残し、本塁打も3日で6本という離れ業。他の選手が出遅れる中、孤軍奮闘でチームを引っ張った。オフには2度目の左ひざ手術。1月後半に発症した右足内転筋の痛みが癒えず、オープン戦で一度も守備機会を得ないまま「ぶっつけ本番」で開幕に臨んだ。それでも、「絶対に優勝してやる」と、気力で体の痛みを振り払っていたことも知っています。


 当日、京セラドームの内野席で親子で観戦していた方があるサイトに投稿されていました。
 「私の子どもがとても怖がっていた。二度とあんなことはやって欲しくない」と。
 申し訳ないですが、このお父さんに対しては、1つ提案があります。
 子どもと一緒にあのシーンに遭遇した父親としての役割は「金本選手って乱暴な選手だね。怖かったね。かわいそうに」とだけ語りかけることでしょうか。僕は、違うと思います。どうして金本選手はあんなに悔しがってるのか。どうして、大切な道具を投げつけてまで、自分自身に怒りをぶつけているのか。答えはでなくていい。でも、子どもさんと一緒に考えていただきたいんです。「バットを折る=悪い」なんて、誰でも教えることができます。お子さんの年齢は分かりません。今、理解できなければ、もう少し大きくなってからでもいいと思う。実際に親子で球場に足を運ぶ方ですから、野球に関心のある方だと想像します。実績のない若い選手が自暴自棄になってバットを折ったのとは訳が違います。長いプロ野球の歴史においてその名を後世に残し、どんな痛みにも耐えタイガースを支え続けた選手が、プロ人生で初めて見せた激情の意味を、あの一場面(表面)だけをとって、大切なお子さんに語り継ぐのは、本当にもったいないことだと思います。

 話は少し違うんですが、昔、南海のバナザードや近鉄のブライアントといった外国人選手が、三振したあとに、よく自分の太ももでバットを真っ二つにへし折っていましたが、そんなシーンを見て「道具は大切にするもの。けしからん」なんて云う人は、僕の周囲にはいなかったような気がします。プロスポーツは、ときに子どもにとっては残酷なシーンに出くわすものです。僕も小学生のころ連れて行ってもらった日生球場での近鉄対ロッテ戦で、乱闘騒ぎがあり、もの凄く怖い思いをした。ごっついカラダの大人たちが、殴り合っているシーンは、今でも瞼の裏に焼き付いています。だからと言って、その後の人生、運動部などの活動で、乱闘を正当化しようと思ったことなんてありません。

 プロスポーツの舞台がときに“戦場”と化すということは、成長過程の子どもに、色んな意味ですごくいい勉強になると思う。僕の経験したサッカーでも、プロの世界で、衝撃的なシーンを何度も見せられた。
 例えば、1994年1月16日。当時大学3年の僕は、Jリーグチャンピオンシップ(野球でいう日本シリーズ)ヴェルディ川崎-鹿島アントラーズの第2戦をテレビ観戦していた。そこで、あのジーコ選手が、信じられない行動に出た。後半36分、鹿島のDF賀谷選手のプレーに主審がPK(反則で与えられる相手へのアドバンテージ)を宣告。川崎の三浦カズ選手がPKを蹴ろうとしたそのとき、ジーコ選手はボールに歩み寄り、ツバを吐いた。びっくりした。サッカー経験者にとって、ジーコは神様。でも、僕はその行為に対して、一切嫌悪感を覚えなかった。“子どもたちが真似するからやめて”とか、“汚い行為”だなんて、思わなかった。それよりも、ああ、ジーコは本気なんだと思った。神様ジーコにとっては、めちゃくちゃ格下の日本サッカーの舞台。それでも、ジーコにとって、グランドはどこも、生きるか死ぬかの“戦場”なんだと、思った。実際、ツバを吐く行為そのものが、褒められたものではないことくらい、僕も分かっている。でも、僕なら、あのシーンを子どもに伝えるとき、「ジーコは最低な人間。あんな人間になっちゃダメだ」とは、伝えない。

 ジーコはレッドカードを受け、退場になった。腕に着けたキャプテンマークを外し、ピッチをあとにした。そして鹿島は負けた。これはのちに関係者に聞いた話ですが、ジーコはロッカールームで泣いていたという。優勝したときの為に、自ら準備していたシャンパンを、泣きながらチームメートについだという。

 金本選手は、阪神タイガースでもう一度優勝したいと強く思っています。身体は満身創痍です。日々、痛む身体との戦いでもあると思う。こんなこと、僕が言うと、おそらく金本選手から怒られる。“余計なことは言わなくていい”と。
 でも、真のタイガースファンには、知っておいてもらいたい「真実」もありますから。

                      2009年9月1日  吉田 風