「芳賀ちゃんのオサカナ釣題」…酒、肴、料理、釣り 

元デイリースポーツ記者の日記だよ。

改・ピンチをチャンスに!《1705》…ビッグF誕生の背景

2013-07-23 01:12:04 | 取材関係や釣行ネタ
サンテレビ「ビッグフィッシング」が誕生したのには、大きなきっかけ、つか、裏事情があるんすねぇ。

実は、番組スタートの2年ほど前に、関西には「テレビ大阪」が開局。

これが、引き金なんすわ。

当時、サンテレビは、U局として、自社制作の番組は少なく、関東の「東京12チャンネル」(現テレビ東京)から、釣り番組とかも含め、いくつか供給してもらっていたわけです。

しか~し、「テレビ大阪」が、「東京12チャンネル」初の系列局として放送を開始するにあたって、サンテレビには「東京12チャンネル」からの供給がなくなる事情があったんだわ。

これは、はっきり言ってピンチっすよね。自社制作するのには、人モノお金が、かかりまふ。

でも、その窮地を見事に救ったのが、前回、ご紹介した、サンテレビ・小松さんの企画立案だったわけ。さらには、会社のトップが、釣りに理解があった、ってゆふのも大きいな。

関西ローカルを逆手にとって、撮って出しの新鮮な、身近な釣り場情報を1時間番組にしたこと。週刊釣りサンデーと手を組んだこと。これらが、起死回生!視聴者にウケて、29年間もの長寿番組に育ち、1500回放送記念を迎えるに至った!ちゅ~わけっすねぇ。

ピンチをチャンスに!

うんうん。


※ 家人が再々入院。また、独身生活が始まっていまする。

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1 コメント

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Unknown (らぶSun)
2013-10-20 09:25:44
はじめまして。
私は昭和58~59年ごろ、関西に住んでいて、
サンテレビの放送をリアルタイムで見ていました。
このころのサンテレビの社内の内情は、
お茶の間の想像以上に火の車そのものだったと思います。
何でも、昭和57年ごろの決算で、サンテレビは、
6億円近い赤字をだしたそうで、
これは、当時の全国の民放全社では最大だったとか。
サンテレビは、創立以来、長田区にあった本社演奏所を、
昭和56年に、ポーアイに建設される「国際交流会館ビル」に移転する際、
何と40億円もの投資をしたとかで、
そんな時に、テレビ大阪開局でテレビ東京からの番組供給を全面的に断たれて、
それで経営危機に陥り、資本金の減資、再増資など、
とにかく大変な日々が続いたのでしょうね。
サンテレビの小松伸さんは、おそらくこの当時も、
何らかの番組制作に携わっていたようですが、
本当にやりたい企画番組を作りたくても、
こんな経営状況では、とても無理だと思い続けていたのでょうね。
小松さんの大型釣り番組の企画は、そんな経営状況の頃、
つまり、番組スタート1~3年前から、ずっとあたためてきたのでしょうね。

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