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「長野県下製糸女工の結核死亡統計は総死亡の七割強が結核という戦慄すべき惨状」(by 山本茂実)

2018-12-10 | 松沢裕作『生きづらい明治社会』

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年12月10日(月)11時17分57秒

とりあえずの出発点は、やはり山本茂実『あゝ野麦峠』とします。
山本は「天竜川の哀歌」の章で、最初に「天竜川の肝取り勝太郎」という、川岸村の製糸工女も犠牲者の一人となった不気味な連続殺人事件について長々と書きます。
即ち、六人殺しの犯人・馬場勝太郎、通称「水車場の勝」が「製糸工場〔きかや〕から帰って来て、農家の納屋でじっと死を待っていた肺病病みの娘」(角川文庫版、p148)を救うため、「不治の病いといわれた結核性疾患の特効薬、高貴薬」である人間の肝を取る目的で殺人を重ねた、という「ただの憶測」の話を延々と続けて読者の好奇心を刺激した後、「戦慄すべき工場結核」という小見出しの下、結核に関する悲しいエピソードを三つ続けます。
そして、その後に次のように書きます。(p151以下)

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 平野村役場が明治四十一年村内工場を調査した「工女病歴調べ」(巻末資料7参照)に見るとおり、調査工女約一万に対して、結核性の疾患は一九六ということになっている。この数字は同調査中から肋膜、胸膜、腹膜、呼吸器病等々、結核性病患を合計した数字であるが、それでもこの表ではどうも少ない。
 細井和喜蔵の『女工哀史』に引例されている石原博士の「国家医学上より見たる女工の現況」と題した長年にわたる研究発表によると、これがまったく違っている。すなわちわが国の繊維工場に働く工女は、千人のうち毎年十三人の割合で死んでいる。しかもこれは工場内で死ぬ数で、このほかに工場の死亡率には入らないが、病み出してから解雇または退職して帰郷後に死んだ者がさらに十人もいるから、これを加えると工女千人について二十三人という高率の死亡になると書いている。
 この割合でいくと、女工七十二万人(大正中期)の千分の二十三人、すなわち一万六千五百人が毎年死んでいることになる。これは一般同年齢の女子死亡率の三倍、つまり一万人は工場労働によって余分に死んだことになる。このうち結核死亡はその約四割を占め、また帰郷死亡の七割は結核である。ただしこれは一般繊維労働者での話で、長野県下製糸女工の結核死亡統計は総死亡の七割強が結核という戦慄すべき惨状であるという。
 ところが平野村のこの調査にはそういうものはほとんど現れていない。その理由を考えてみると、この調査はおそらく役場のアンケートで工場側の回答という形式をふんだものと推定されること。また当時は平野村役場自体が製糸経営者の掌中にあったことも考え合わせると、その表現には若干の手心が加えられたということも考えられる。例えば前記政井みねのような女工死亡を退職者として削るとか、結核とすべきを腹膜、胸膜、呼吸器病と分離するとか、この分では「感冒」と書かれている「一、〇五八」も相当数を結核初期に入れるべきかもしれない。さらに大事な「病気帰郷者」を削除していることなど、この統計には不備を感ずる。
 この外では「胃病(腸カタル、腸胃カタルを含む)八六一」が注意をひく。貧しさの象徴でもある「飯だけは腹いっぱい何杯でも食べられる生活」、そして食休みもなく働く工場生活の当然の帰結でもあった。
【中略】
 工場内は高温・高湿度で、一日じゅう単衣物〔ひとえ〕で濡れて働き、一歩外に出ればたちまち真冬の風が吹いているという、極端な寒暖の差のある生活では、よほど健康な者でも風邪をひきやすい。ましてや夜業残業の過労がたたって体力はおちている。それはまたとない結核の温床であった。
 しかも当時はこの結核菌に対して、何一つ有効な医学的手段は、世界のどこにも見出せず、まさに結核全盛時代であった。
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山本は平野村(現岡谷市)の公的な統計を引用しながら、「この調査はおそらく役場のアンケートで工場側の回答という形式をふんだものと推定され」、「当時は平野村役場自体が製糸経営者の掌中にあった」から「その表現には若干の手心が加えられ」、要するにウソだらけだと非難するのですが、実際にはどうだったのか。
また、山本は諏訪では一月二月の厳寒期には操業していないことを熟知しているはずですが、「工場内は高温・高湿度で、一日じゅう単衣物〔ひとえ〕で濡れて働き、一歩外に出ればたちまち真冬の風が吹いているという、極端な寒暖の差のある生活」という表現は少し変ですね。
もしかして山本は織物業に関するある史料の表現をコピペしているのかな、と私は疑っているのですが、もう少し調べてみるつもりです。

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