弁護士ふくふくの今日が出発点

難病がきっかけで始めましたが、今は、出会いを求めて書いてます。足跡歓迎です。但し、ハンドルネームでお願いします。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

入院体験談(⑨64日間の絶食から解放)

2009-02-01 14:24:09 | 入院体験談

 2007年12月5日に大学病院に転院してから、大晦日、正月を一時外出により自宅で家族と過ごすことを唯一の希望と励みにしてきましたが、25日と27日の大量下血で、夢ははかなく破れました。52年の人生の中で初めて年末年始を病院で過ごしました。しかも絶食。

  しかし、元旦には大阪で就職1年目の長男と、福岡の短大卒業間近の長女が帰省し、高校と中学の息子も含め、4人の子ども全員と妻と病院で顔合わせが出来ました。記念写真を撮るなど、かえって例年よりも思い出深い正月になりました。家族は側にいてくれるだけで、嬉しくて励みになります。

  クリップ施術以降、出血が完全に治まり、1月7日からエレンタール(総合栄養剤)の飲用が許され、1月19日には、64日ぶりに口からの食事が許されました。重湯と薄い澄し汁でしたが、一滴残らず体に染み込んでいくようで、一旦弱まった生命が見る見る復活していくという実感がありました。これまで食べたどんなご馳走よりも美味しく、将来も含め恐らく一生の中で最高のものと思います。美味しいという以上の高次元のものでした。この感激を味わえたことだけは病気に感謝したいです。

  食堂で顔を合わせていた患者の人たちも、私の絶食が解けたことをわが事のように喜んでくれました。絶食中の2ヶ月間は、出血に対する恐怖心から、薬を飲むのにも、せいぜい10か20CCくらいの水をちびちびとしか飲めない状態でした。しかし、食欲を我慢するのがきつく、妻に匂いの強いパンやおかず、お菓子等を買ってきてもらって、何時間かおきに匂いを嗅いでいました。ちょっと惨めで、みっともないと思いながら。また、毎日3回の粉薬(整腸剤のミヤBM)の普通は味気ない粉が唯一の食べ物でこれを噛み締めるのがささやかな楽しみの一つでした。これもちょっと惨めな感じ。ただ、この絶食の体験は、当たり前の食事がどれだけ尊いものかを体で教えてくれ、この上ない貴重な体験になりました。今でも、感謝の気持ち一杯で食事をしていますし、恐らく今後もずっとそうでしょう。

(次号に続く)


コメント   この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 入院体験談(⑧2回連続の大量... | トップ | 入院体験談(⑩最終、余談) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

入院体験談」カテゴリの最新記事