思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

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2018-09-11 02:48:43 | 文章
最近いよいよ承認欲求というものが浸透してきたのか、某アイドルプロデューサーの広告でも「100万人フォロワー欲しい人」「有名人と熱愛したい人」と募集しているそうだ。
  承認欲求が強いことは悪いことか?  と考えてみたが、どの視点を持って良い悪いを考えればいいかも分からないので何とも言えない。例えば、プロデューサー視点からすれば利用しやすいだろうし、一度軌道に乗れば第2第3のアイドルを作り出しやすいのだろう。アイドル側から見ても自分が選ばれたという事実、100万フォロワーもいるという事実(え、それって怖くねえか?)、自分のグッズを買いに来たり握手を求めようとするファンの熱さ、承認欲求は満たされるに違いないのだから何も悪いところがない。
  ただ、これらはごく一部の人間でしかないことを考えると、アイドルになれなかったプライドが高いだけの方々というのは面倒くさい人というだけで終わる。稼ぐか稼がないか、というよりは何をして金を稼いでいるのか、が承認欲求を満たすのには重要らしい。小説家になりたい、と全く同じ状態だ。
  だが、僕はアイドルほど承認欲求に素直なものはないと思う。これが創作関連となれば、ただただ拗らせたガキどもの印象を拭えないわけで(最近思うのだが、プロレタリアを主張する連中も結局のところは資本における敗北者でしかないのだろうし、勝者であれば左にすらならなかったのではないかと思えてならない。大正昭和初期のプロレタリアにしてもそうだが、同調する力で躍起になること自体を否定しなければ、資本と何ら変わらないように思う。勝敗の世界からの脱却こそが資本の否定ではないか。この承認欲求にしても、あらゆる分野における敗北者たちが自分の価値を認めさせたいことに固執しているに過ぎないように思う。そんな意味では常に分かりやすい反逆というのは好まれやすい物語に違いないものの、それを好む層に愚かさを感じざるを得ない)、認められるためだけに創造行為に勤しむのだとすれば技巧や理論の構築には何ら興味もないのだろう。アーキタイプとなることを目指しはしないのだろうか?  あらゆる競技にしてもそうだが(僕の場合はカードゲームがそれに当たるだろう)、アーキタイプを作り出せることほど楽しいものはないと思うのだが。
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