思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

右とか左とか

2018-06-14 13:39:23 | 文章
近頃、アーティストが右翼的な曲を作ったことで話題になっているが、歌詞を見る限り中々誤魔化しきれない右翼っぷりに見える。それが悪いかどうかという話ではないが、一先ず思うのは、何故愛国心が題材の曲に英語で題名をつけるのだろう、というのが不思議でしょうがない。そこは徹底して日本語で題名を入れた方が良いのでは?  と思う。
  最近このような右翼的な印象を持たせる曲がちらほら見られるらしく、メジャーどころの歌手が出すことで度々炎上しているようだ。正直なところ、彼らを右翼だの左翼だのと決めつけてもしょうがないし(とはいえ、右翼の文句の中には「普通の日本人」という表現があるそうで、案外それが炎上したアーティストに共通した発言のように見られるのは少し面白いところだが)、2020年のオリンピックに向けてそのような曲を作れと指示されて(もしくは商売上の意識として)いるのだとしか思えないのが、どうも大衆ものの限界のように思う。確かに考えてもみれば、僕らの世代は政治への関心が薄いと言わざるを得ないのだろうし、そうした世代に愛国心を持たせるには、有名どころのアーティストにそれらしいものを書かせる方が良いことは明白だろう。大衆を操るには名声が必要ということか。
  にしても、今後こうした愛国心(愛国心を右翼的とは思わないが、さすがに「御名」だの「万歳」だの「靖国の桜」だの、それぞれの単語が何を意味するのか、どう受け止められるのか理解せずに歌うほど愚かではないだろうし、明確に政治色が出るのは当然だろう。どうも愛国心=右翼と思われがちなのだろうが、そうではなく、右翼左翼どちらも、愛国心もあれば、その逆もあるのが当然だ。ただ、前述の単語は右翼と呼ばれても仕方ないものではあるだろう。作者は想定する受け取る側の理解力に応じた表現を用いる必要がある。どのような人たちに好まれるのか、を想定すると、どうも若者から中年辺りの意識の変化が目的な気がしないでもないのが……考えすぎな気もする)を高ぶらせる目的の曲がメジャー側に増えていくのかもしれない。国民のため?  僕が危惧するのはこのような曲で一致団結して、人々が根本的な問題から逃避しようとすることだ。自分の生活を豊かにするには、まずは自分を見つめないことには始まらない。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 弊害 | トップ | 成長物語 »

コメントを投稿

文章」カテゴリの最新記事