思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

と〜して言う

2018-11-14 12:14:44 | 文章
「この表現は少し長ったらしいね」と私は嫌みたらしく言う。「ならどうすればいいんだ」と彼は声を荒げた。

  「〜して言う」と言う表現は学生の作品にも、大正の作品にも見られる一つの自然な表現ではあるが、どうも僕には長ったらしく思えてならない。これは感覚の問題に過ぎないだろうが、「いう」という文末の音の響きがきになるのだろうか。
  それなら自分ならどうするだろう。
「この表現は少し長ったらしいね」
「ならどうすればいいんだ」彼は声を荒げた。
  恐らく、僕の場合その台詞そのものに含まれる感情を踏まえると、そう脚色する必要を感じないらしい。少なくとも、「長ったらしい」と悪く言っていることは確かなわけで、続く「ならどうすればいいんだ」の「どうすればいいんだ」には指摘に対しての反抗的な態度が含まれるだろう。仮にその指摘を受け取って改善しようとするなら「ならこの箇所を短くしてみようと思う」などと友好的な返事をすると思われる。
  いや、これも一つの僕が過度に想像しているに過ぎないか?
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